杖に手を掛けソファから立ち上がる。
もどかしさに腹立たしい。思わず手にした杖を放り投げた。
「・・・フゥ・・」と軽いため息が横から洩れた。
「そうだよ僕はこんなに短気で我が儘なんだ」
「そうなのね・・知らなかった」
「そうさ、そうなんだ」
「でもね、その杖がなくっちゃ上手く動き回れないわよ」
「・・・・取ってくれないのか」
「あらまぁクスクスクス、短気で我が儘なほかに甘えん坊なのね」
日焼けが薄れ元々白かった頬にさっと赤みが差した。
「・・・・いい・・・自分でする」
屈み込むのに苦痛が伴うのかわずかに眉を顰めた。
指先が杖に触れたとき、冷たい手が甲に被さった。
「意地悪しちゃったごめんなさい」
「・・・・冷たい手だな・・・ヌナ」
指先にそっと唇を這わせた。
ピクッと指先が揺れた。
目を上げると瞼が軽く閉じそして開けられた。
瞳の奥に何かが見えた。
「・・・・ヌナ・・」
僕の見えたものが錯覚だったように、穏やかな瞳が僕を捉えた。
「立ち上がってどこに行こうとしたの」
「ああそうだ、調べておきたいことを思いだしたんだ。こんな機会じゃなきゃ出来ないことがあるんだ」
暖房が遮断されたちょっと湿った匂いのする部屋、耳の奥がクワ〜ンとするような気がする。
「色んな物をしまってあるのね」
「僕の宝物の部屋だよ」
「あなたの宝物ね、さて何が隠されてるの」
「その時その時の宝だよ、どこを見てもいいよ」
さっき手にした雑誌にちょっとしたデジャヴを感じたわけを探し出そうとしていた。
「・・・・んんん・・・確かにあったと思ったけどな・・・・」
「何を探してるの」
「さっき見た雑誌にチョコレート特集があって、昔のパッケージが載ってたんだ・・・よ」
「で?」
「で、どこかで見たことがあるんだ、しかもこの部屋でさ」
「まぁ〜〜フフフフ」
「何が可笑しいの」
「だってあなたこの数年、世界中のチョコレートというチョコレート見たことがないものがないってほど見てるじゃない」
「そうだよ。綺麗にラッピングされた美しいチョコレートたち」
「だったらやっぱりデジャヴじゃないの」
「そうかな・・・・・・」
「ねえこのお部屋冷え込んでるわ、身体に触るわよ。また今度探しましょ」
「んん・・もうちょっと・・いいだろ」
「何か上に羽織る物を持ってくるわ」
「ヤッホー!!!あったよ。ほらやっぱりあったよ僕の思い違いじゃないよ」
古びた板チョコの包み紙を丁寧に広げた。
「今とそんなに変わってないわね」
「ちょっとロゴ体と・・・なんだろ・・・どっか違うよね」
「そう?」
「そうだよ」
「で、これはどんな宝物なの。もっとも聞かなくても分かる気がするけど」
「そお、じゃあヌナ当ててみてよ」
「いいわよ、これは好きな子に初めてもらったバレンタインのチョコ」
「半分当たり〜〜」
「え!!半分!!」
「そう、好きな子にもらったまではいいよ、でもねあの頃バレンタインなんて子どもには普及していないんだよ」
「あら、私の頃はあったわよ」
「ヌナたちの頃にはあった?」
「あら、心外だわ」
ちょっと首を傾げ人差し指を唇にあて考え込む。
湯気の上がった温かなカップが目の前に差し出された。
「ありがとう」
「何か分かったの」
「ん・・たぶんね」
澄んだ色の紅茶を口に含んだ。まろやかな茶葉が広がった。
「あの日は寒かったんだ」
「あの日?」
「チョコをもらった日、不思議だったんだよ誕生日でもないし、なんで僕にチョコレートをくれるんだろうって。だって小学生の僕にはその日がなんの日かなんて知らないよ」
「でもありがとうってもらったんでしょう」
「そうだよ、嬉しかったよ。だってこんな大きなチョコレートを独り占めして食べられるんだって。毎日少しずつ囓ったんだ。でね少しずつ小さくなるんだ、そして最後には銀色の紙をクンクン匂いを嗅いだな」
あの時のチョコレートが口の中に蘇った。
ゆっくりと咀嚼するように紅茶を飲んだ。
「はいどうぞ」
琥珀色に染まったグラスを差し出された。
立ち上る香りを堪能するかのようにロックグラスをスイングさせる。
「ウイスキーなんて珍しいね」
「最近ワインばかりだったでしょ、今夜みたいにチョコレートを添えるならモルトが最適よ」
「チョコレート?!」
「そうよ」
「バレンタインにはまだ早いよ」
「そうね・・・・でもね、独り占めできるのよ。今なら・・・・あなたを」
「ヌナ・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ねぇヌナこのチョコ、ウイスキーで漬け込んでるの。僕はチョコで酔ってるの?それともウイスキー?」
「・・・・いいえ・・・・私に酔ってるのよ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
オレンジの酸味とチョコの甘みが絶妙なハーモニーを醸し出した。