ヘヨンの憔悴振りにチョ夫人も叱りすぎたかと思っていた。
「ウネ、ヘヨンの様子はどうなのですか」
ウネにはヘヨンの心の動きや考えが手に取るようにわかっていた、しかしこの度の落ち込みようはウネにも掴めていなかった。
途方に暮れたように首を横に振るばかりだった。
あの日、道の真ん中に立ち竦んでいたヘヨンを店の男衆が見つけ、直ちに家に連れ帰られた。
チョ夫人の叱責もウネの涙にも心ここに在らずという有り様だった。
ヘヨンの部屋の控えには側仕えのヒソンと他に女中頭が四六時中見張っていた。
そしてウネも息を潜めてヘヨンと同じ部屋にいた。
もっともウネはヘヨンが生まれてからこの方離れたこともなく、ヘヨン自身もウネが傍にいるのが至極当然のことだった。
お転婆ぶりを発揮していたヘヨンの子どもっぽさが姿を消した。
天津から船主が久しぶりにチョ夫人の元を訪れた。
「間男など引き込んではいないだろうな」
「まさか、あなた様という者がありながらましては、こんな年増を相手にする者とてございません」
華やかな笑い声に引きずられ船主も苦笑せずにはいられなかった。
「お前の配合するお茶には何が入っているのだ」
「まぁ、たとえあなた様にでもその秘密はお教えできません」
「お前と私の中ではないのか」
「それはそれこれはこれでございます。もし尚もそれを強いるのあればあなた様とのご縁もこれっきりと・・・・・・」
「もう言わぬもう言わぬ・・・のぉチョ夫人・・・・これ機嫌を直せ。おぉそうじゃ、ヘヨンはどうして居る」
「ヘヨンももう立派な女でございますよ」
「まさか、変な虫など付かぬだろうな」
「私とウネとでしっかりと見張っております。それ相当の官職にお就きの両班に娶せたいと存じております」
「んんん確かに、ただそれには相当の金が必要だな」
「リュ家の当主とあろう方が戯れ言を。ではヘヨンをこれに」
年を重ねても衰えることを知らぬ美しさで、オンズンモリに高価な髪飾りを刺し、特別に仕立てたチョゴリ姿で悠然とほほえんでるチョ夫人。
その傍らでヘヨンは三つ編みに結った髪に美しい簪をとめ、萌葱色のチョゴリに重ねた華やかな赤色の襟が初々しくもあった。
チョ夫人が熱帯のあでやかな花とすれば、ヘヨンはさながら早朝に咲いた蓮のようであった。
「これはこれは・・・久しく見ぬ間になんと大人になったことか」
「お久しゅうございます」
「リュ家に女は数多くいるが、このように美しい者はこの方生まれては居らぬ」
「ありがとうございます」
「のうヘヨン、天津に参らぬか。ここよりもっといい暮らしができるぞ」
「お前様、何をおっしゃるのですか」
「戯れ言じゃ戯れ言じゃ。さっきの仕返しじゃ、お前」
船主の高らかな笑い声にチョ夫人はほほえみ、ヘヨンは思わず身を硬くしながら微笑を浮かべた。
「しかしあのように美しいのじゃ、それ相当の家に嫁がせねばな」
「もちろんでございます」
「私よりここに通じてるお前のことじゃ、それなりの算段はあると見たがいかがだ」
チョ夫人はわざととぼけたように
「私なぞにわかるわけもありません」
若い娘のように空々しい言葉を継ぐチョ夫人が可愛らしく見えてくる。
船主はチョ夫人の手を引き、甘い香りが匂い立つ胸元に顔を寄せた。
「嫉妬したのか、ヘヨンばかりをほめるから」
ハッとしたようにチョ夫人が身を引いた。
「お前のような熟れた女が私は好きだ」
熱い吐息が耳にかかり、チョ夫人は船主のすべてを堪能するかのように身を預けた。