恋愛遊戯 その5
 

ヨンエの熟し切った体とその技巧は初心なジョンウォンを惑わした。
ジョンウォンの若い肉体は甘く深いヨンエの官能の海から抜け出すことは出来なかった。


「ほぉ、結構執着だな」
「あれからあの子だけだよ」
「そんなことはあるまい、他の水が甘いことを知らないだけだ」


ひとたび女を知ったものの自信は単に学問に秀でているという幼い殻をうち破った。
父ユ氏の後ろ盾と家並みの良さ、加えてすっと通った鼻梁。耳から顎にかけての完璧な輪郭。誰もが見とれてしまうほどの美しい顔。
醜いまでの羨望や嫉妬を涼やかな目でさらりと流し、着実に官吏としての地位をジョンウォンは固めていた。


「ジョンウォンさま、いつまでも私如きを相手にしていてはなりません」
ヨンエはジョンウォンの荒い息の背に向かってささやいた。
「なぜだ、私はお前がいいのだ」
ホォッとため息を吐いてヨンエは笑った。
「それは嬉しゅうございますよ、ですが、殿方はひとりのおなごでいいなどと申すものではありません」
ジョンウォンは体を起こしヨンエの顔を覗き込んだ。
「私はそんな放蕩者ではないぞ」
「・・・・・・・・・ですが」
「誰の差し金だ、チャグンノミか女将のチャンフィか」
言いようのない怒気が若い欲望に再び火を付けた。

再び貫いたジョンウォンの体の下でヨンエが声を上げた。



亭主面をしたチャグンノミに苦々しい顔見せながら、チャンフィはお茶を差し出した。
「こんな高級なものを頂けるのか」
チャグンノミの手が茶碗を通り過ぎチャンフィの膝を割ろうとした。
「馬鹿なことをいいじゃないよ、黙ってそのお茶を飲んでご覧」
「・・・・旨いな」チャグンノミの喉が鳴った。
「もう一杯欲しくなるな」
「だろ・・・・列を成すだけの繁盛ぶりだよ」
「ふーん大したもんだ」



リュ家は元々は常民と呼ばれる身分であった。科拳受験資格はあったが、決して両班になる手だてなどなかった。
その身分制度に縛られるのを嫌い大陸の天津に渡ったのが今の船主の父であった。
危険を顧みない航海が人々の信頼を集め、一代にして財を得ることに成功していた。
その苦労をつぶさに見ていた今の当主も身を粉にして働き、今や並の両班を凌ぐ物を築き上げていた。
しかし世の常と言うべきか何の不自由もなく育った跡継ぎは放蕩三昧、さらに没落した両班から娶った嫁は気位が高く閨をともにすることはなかった。
それでいながら気に入った女を手当たり次第引き込んで妾にしていた。しかし産まれてくる子はいずれも女だけだった。


「その子は耳が聞こえないと言うことはないのだな」
船主はチョ夫人が抱き上げている赤ん坊を見ながら言った。
チョ夫人は口元に笑いを浮かべ、銅製の器を文机に投げつけた。金属と木がぶつかる鈍い音が部屋の空気を揺るがした。
赤ん坊はビクッと体を震わせ大声で泣き出した。
「おお、おお、なんと元気な声だ、やはり男の子は泣き声から違う」
船主は満面の笑みを浮かべた。

廊下を走る足音が聞こえた。
チョ夫人の居間が乱暴に開けられ、真っ青な顔のウネが飛び込みチョ夫人の腕から赤ん坊を奪い取った。

大声で泣く赤ん坊を胸元に引き寄せウネは片膝を立てて座り、赤ん坊に乳を含ませた。
部屋には赤ん坊が必死に乳を貪る音だけがあった。

乳首を唇から離し満足しきった顔がうつらうつらした頃、赤ん坊はウネの手を離れて船主の腕に抱かれ去っていった。
後に残されたウネの側にはか細い声を上げ、乳を探すもうひとりの女の赤ん坊が残っていた。

ウネ、あの子はリュ家の嫡子として扱われるのよ、庶子ではないのよ。
あなたにはまだひとり子どもが残されたのよ。
この子にもリュ家では父親の名字を与えるといってくれてるのですよ、喜ばなくては。
ーリュ・へヨンー
この子の名前だそうよ。


ウネは声を上げることも叶わずへヨンを抱きしめ涙を流していた。



チョ夫人の配合したお茶は次から次と売れていった。人々が飽きる頃には香りを変え、また名前を変えながら売れ続けた。
その配合はチョ夫人とウネだけが知りうるものであった。
一度そのお茶を口にいたものはどうしてもまた飲みたくなる不思議さを持ち合わせていた。
船主はその巧妙さに首を傾げながらもチョ夫人の元に通い詰めていた。
リュ家の全てが遷ったかのような華やかさがチョ夫人の家にあった。

以前のような贅沢に慣れ親しむと、チョ夫人はあの土地が無性に恋しくなり、戻りたくもなった。
チョ夫人を手放すことなど考えられない船主に拗ねたり、体を開かず焦らしたり、若い男に気がある振りをしたりと。もっとも若い男を誘惑し快楽を貪る性癖は前に劣ってはいなかった。
とうとう根負けをした船主は、店の支店の形でチョ夫人の故郷朝鮮に家を建てた。


チョ夫人が着の身着のままで逃げ出したときから十六年歳月が過ぎていた。





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