<4> 波 乱 
 

お正月の賑わいも醒めない頃、私ウンヒは大好きな彼から別れを告げられた。
振られちゃったみたい・・・。
寂しくて、悔しくて、何がなんだか考えられなくて。
世界中が真っ暗になった気がして、すべてがどうでもよくなった。
泣いて、泣いて、泣いて、そして気が付いたら、完全に寝過ごしてしまっていた。
あっ仕事。行かなくちゃ。
着替えもお化粧もどうしたのか、今も記憶にない。


サンヒョクは、デスクの前で考え込んでいた。
(近頃、一人前になってきたと思っていたのに、どういうことだ?)

「連絡取れません。どうしますか? 今回はユ先輩も公開録音に出てます」
「彼女の近頃の責任感を信じて待とう。放送に穴を空ける訳にいかないから
 誰でもいいからブースに入っておけ。曲もいつもより多く用意して」

結局、放送開始時間になっても、ウンヒは現れなかった。
誰もブースに入りたがらず、結局、サンヒョクがマイクの前に座った。
(オイオイ。こんなのありかよ。高校の放送部以来だぜ。やるしかないけど。)

    『DJウンヒが急病のため、本日はプロデューサーのキム・サンヒョクがお届けします。

     なにぶん不慣れですのでご了承ください。』

放送が終わるとブース前に上司が来ていた。他のスタッフは固唾を呑んでみていた。
「どういう事だね?いつからキムプロデューサーはDJもやるようになったのかね?」
「..申し訳ありません。スタジオでウンヒが倒れてしまい、そのまま病院へ。
 あとで、報告書を上へ上げます・・」
「まあ..そうしてくれ。君とチェウンヒ君は後日私のところへ」
「..ハイ」


放送時間をとうに過ぎていた。
私がドアを開けるとキムプロデューサーが一人で待っていた。
目は充血し、やつれているだろう私の姿を見られた気がした。

「・・やっぱり来たね。 大遅刻だ!」
「..申し訳ありません..」
私は蚊の鳴くような声しか出せなかった。
「..今日の放送は?」
「何とかした。」
「辞表、明日提出します。申し訳ありません」

キムプロデューサーはしばらく何も言わなかった。
「察するところ、失恋か?」
「.....そうです」
私はなんで、こんなこと、キムプロデューサーに言っているんだろう? 
「じゃ。飲みに行くか?」
「?」
「今日の放送は僕がした。文字通り君の仕事をしたんだから、おごってくれるよね」
「・・・」
「今日は、上司とより、ひとりで飲みたい気分か?」
「・・いいえ、一緒に飲んでください」


黙ってお酒を注いでくれる。
絶対ガミガミと怒られると思っていたのに・・
また涙が出てきた。流れる涙は止められなかった。
「私、泣いてませんからね..」
「ああ。」
何も聞かれたくなかったし、答えたくもなかった。
キムプロデューサーが、沈黙を続けてくれるのがうれしかった。

しばらく時間がたったように感じた。
私は、ふと、キムプロデューサーの横顔を見ると、なんだか寂しげに見えた。
そして、キムプロデューサーのグラスに視線を落した時、左手にいつもの指輪がないことに気が付いた。
「あの・・指輪、なくしたんですか?」
「いいや、聞きたい?」
なんだか切ない声に、思わずいいえと答えてしまった。

キムプロデューサーは、私のほうに、ゆっくり視線を向けた。
「・・もう、いいの?」
「えっ?」
「・・その、気は済んだの?」
「いっぱい泣いたら、少し楽になりまし。」
「・・君は、たくましいね・・」

キムプロデューサーはポツポツと話し始めた。
「今日の事だけど、君は急病で倒れたことにした。話を合わせといてくれ」 
「なんだか共犯みたいですね」
「まったく、ヘンな事に巻き込まれたもんだ。」
「・・あの、今日はどうして怒らないんですか?」
「ん? じゃ、明日までに原稿用紙5枚の反省文」
「・・はい」
「冗談だよ。今日はゆっくり休んだ方がいい。僕も報告書は明日だ。
さあ、遅いし、そろそろ帰ろう。送っていくよ」


んー。気になるからやっぱり聞いちゃおう。
「あの、ひとつ確認してもいいですか?
 女除けの指輪を外したってことは、私って狙われています?」
キムプロデューサーは私の質問に笑い出した。
そんな涙流して笑わなくても..
「安心していいよ。下心まったくなしで送っていくから」


アパートの前の路地が見えてきた。
「アレッ、お母さん?」
タクシーから降りた私を、お母さんはじっと見つめていた。
次の瞬間、お母さんは車から降りてきたキムプロデューサーに駆け寄り、あろう事か、手を上げた。

《パチンッ》という音が暗闇に響いた。
・・痛そう・・
キムプロデューサーは、呆然と立っていた。
お母さんは続けてこう言った。
「あなたね!うちの娘を泣かしたのは!」

お母さん。どうしてそうなるのよ・・。

私は事態にびっくりしつつも、おかあさんに尋ねた。
「お母さんが、どうしてここに来ているのよ?」
「あなた、昨日、たまに電話してきたと思ったら泣いているみたいだったし、
 今日は今日で、ラジオ局の人が、あなたを探しているみたいだったし、
 あなたの番組だって、ウンヒが急病だって・・違う人がやっていたわよ。
 心配するのは当たり前でしょ!! 
 それに、こんなに夜遅くに、男の人とお酒を飲んで帰って来るなんて、
 どうなっているの!! あなたは!」
お母さんは、周りも気にせず、一気にまくし立てた。
私もつられて大きな声を出す。
「ちがうの!聞いて! この人は番組のプロデューサーの方なの!」
キムプロデューサーは、お母さんの正面に立ち、言った。
「・・申し遅れました。お昼にお電話を差し上げたプロデューサーのキム・サンヒョクです。」
「えっ?・・あっ・・その勘違いを・・すみません・・
 でも・・若い娘をこんな時間まで連れ回すなんて・・
 いいお年なのに、もっと分別を持っていただきたいわ!」
「ちがうの! その・・私・・落ち込んでいて・・励まして下さっていたの!
 飲みに行ったのだって、私が連れて行って下さいってお願いしたの!」
「・・娘さんを遅くまでお借りし、ご心配をお掛けしました。」
お母さんはまだ厳しい視線を送っていた。
これ以上ここにいたら、何を言い出すか分からないので、私はこの場を立ち去ろうと口を開いた。
「キムプロデューサー。すみません。ありがとうございました。

ホラッ、お母さん、行くわよ。」

サンヒョクは、二人が家へ入っていくのを見届けると、再びタクシーに乗り込んだ。
車の中で深いため息をついた。
(・・今日って・・厄日だったのかな・・) 




****

どうしたらサンヒョクの視界に入れるのか。考えた結果こうなりました。
あは。これからゆっくりゆっくり・・じわじわっと展開です。
1話1話の長さもとくに考えず..思い付いただけ書いちゃう方式の私です^^;





街は、クリスマス気分で浮かれていた。

サンヒョクはチェリンに電話を掛けた。
「今日、時間ある?」
「ないわよ! 今は忙しい時期なんだから!」
「・・そうか・・スマナイ・・じゃあ」
サンヒョクは受話器を置こうとすると、チェリンの声が聞こえた。
「ちょっと! あなたは私に話があるんでしょ!」
「・・はあ。チェリンは相変わらずだね」
「どうするの?」
「チェリンさん。お時間いただけますか?(笑)」
「いいわ、付き合ってあげる」


チェリンの経営する店の近くの喫茶店で待ち合わせた。
チェリンはサンヒョクの正面に座ると、いきなり切り込み口調で言った。
「話って何? ジュンサンとユジンが結婚でもするの?」
「・・知っているの?」
「やっぱりその話なのね。そうじゃないかと思ってた・・
知っている訳じゃないわ。ユジンがNYへ行った事は知っているけど。
言っときますけど、私が、待っているだけじゃダメだって、アドバイスしたんだから」
「えっ?」
「私だって、これでも二人の応援しているのよ。知らなかったの?」
「・・・ジュンサンから電話が来た。結婚する決心したって」
「・・そう・・そうなの。・・まったくあの二人にはやきもきさせられたわ・・」
「ホント、そうだ」

サンヒョクとチェリンの会話は、しばらく途切れた。

「その・・チェリンには、教えておこうと思って」
「・・・」
「祝福してくれるよね?」
「当たり前よ! 誤解してない? 私が愛したのはミニョンさんなの!ジュンサンじゃないわ」
「そう。ありがとう」
「サンヒョクにお礼を言われる筋合いじゃないわ。ジュンサンの望みが叶ったんだもの。
ミニョンさんだって喜んでいるわ・・ だったら、私はいいのよ・・」
サンヒョクは曖昧にうなづいた。
チェリンは顔を上げ表情を作った。
「それで? それであなたは未練たらしい指輪をやっと外せたのね」
サンヒョクは無意識に左手を隠していた。
「この私が気付かないとでも思っていたの?
 私たちに会う時だけ外したって、指輪の日焼けあとが残っていれば、分かるのよ。
 鈍感なユジンは気付かなかったみたいだけど。」
「そうか-----。 ユジンは幸せになるんだよ・・
 そうしたら、なんとなく指輪は外さなくちゃと思えたんだ・・ ユジンはお義姉さんになるんだし・・」

サンヒョクは思っていた。
(そう。ここ何年か頭で理解しようと努力していた・・やっと、そう思えたんだ。)

チェリンはつかつかと歩いてきて、サンヒョクの背中をバシッと叩いた。
「キム・サンヒョク! しっかりしなさいよ!」
サンヒョクは照れ笑いを浮かべた。
「チェリンだって、早く吹っ切れよ! 花の命は短い..とか」
「あなたに言われたくないわ!(笑)」
チェリンは早々に仕事に戻っていった。




****

サンヒョクとチェリン 
本家の脚本家さまのお話ではこの2人...ですね。
私も当初はこの2人で..と考えたのですが、どんなアクシデントを盛り込んでみてもある種戦友の域を脱することができませんでした。
ま、放送部6人で3っのカップル..と言うのもなんですので、この時空では..別の道を辿らせていただきます。





頑張っていたのに、私、チェ・ウンヒは大失敗してしまった。


それは、夏の日差しを感じるようになって間もなく、新スタートを切って番組も軌道に乗り始めた頃のことだった。

ADのミンウが、サンヒョクのところへ慌てた様子で駆け込んできた。
「ウンヒさんがまだ来ません」
サンヒョクは時刻を確認する。
「最終打ち合わせの時間も、とっくに過ぎているじゃないか..連絡は?」
「ないです!」
「ないで済むか!」
「キムプロデューサー、どうしましょう?」
ミンウは半泣きだ。時間がない。サンヒョクはユ先輩に連絡を取るため受話器を握る。
「もしもし、先輩! 局のスタジオまで何分で来られます?」
「おいおいサンヒョク、こっちはまだ睡眠時間だぞ」
しかし、サンヒョクの切迫した声に、ユ先輩はすぐ反応した。
「30分はかかるぞ」
「20分で来て。ピンチヒッターお願いします!」
 
ユ先輩がスタジオに滑り込むと同時に、選曲リストと進行表を手渡す。間一髪!
ユ先輩は、何事もなかったように、番組を始めた・・

番組は滞りなく終了した。
「オイ、久しぶりに焦ったぞ。お前、さては、しごき過ぎて、ウンヒちゃんに逃げられちゃったのか?
 女の子には優しくしなくちゃ..」
「・・先輩。ありがとうございました。助かりました」
「ホント、人使いのあらい後輩だ!」

そこへ、ウンヒが汗まみれで駆け込んできた。
「申し訳ありません!!」
みんなの視線がウンヒに注がれた。
「本当に申し訳ありません。すみませんでした!」
サンヒョクは言った。
「・・・生番組に、遅刻はご法度なのは承知しているな!
 ・・まず理由を聞こうか。この時間、渋滞も大事故もなかったはずだ。
 お母さんもお元気そうだったから病気でもないな! 理由は何だ!」
「えっと、途中で・・」
「妊婦さんが産気付いたとか言うなよ!」
「・・・・すみません」
ウンヒの声は次第に小さくなり、涙が流れる一歩手前。
サンヒョクは思った。
(あああー、泣くなんてずるいぞ。 これだから..これ以上言えないじゃないか..)


「ユ先輩がピンチヒッターをしてくれた。ちゃんとお礼とお詫びを。
 他のスタッフにもかなり負担をかけた。きちんと一言入れておくように。
 明日までに始末書と、原稿用紙5枚分の反省文を僕に提出するように。
 分かったら返事!」
「ハイ・・謝りますし、お礼もきちんと言います。
 反省文? 学校の先生みたいなこと言うんですね。」
「トイレ掃除もつけるか?」
「若いからって、馬鹿にしていませんか?」
「・・いやなら辞表を書いてくれ。責任感のない奴は-―」
見かねたユ先輩が話に割って入る。
「ウンヒ、始末書と反省文、書くよな?
 サンヒョク、誰でも失敗の1度や2度あるだろう?
 そのくらいで勘弁してやれよ。何とかなったんだから。
 ところでウンヒ、僕は自分の番組までたっぷり時間があるんだ。
 お礼としてご飯でもおごって!
 サンヒョクも、この俺を引っ張り出したんだから一緒に行くぞ!」

ユ先輩のおかげで、事態は何とか収拾する。
(今まで、仕事でこんな体験はなかったよなあ。ユ先輩の偉大さが身に沁みるぜ。)


ユ先輩がこっそりサンヒョクに耳打ちした。
「聞きしに勝るじゃじゃ馬だな・・君の苦労が目に見えるようだ..ガンバレよ」


私ウンヒは、ユ先輩のよく行くお店に連れてかれた。
この面子でご飯を食べに来るなんて、はじめて。
ユ先輩が間に入ってくれたおかげで、雰囲気的に助かっている。
ユ先輩はお仕事が控えているからお酒は飲まなかったけれど、
私とキムプロデューサーにはお酒を勧めてくれた。
こういう機会に親交を深めなさいって・・
私の謝罪の後も、キムプロデューサーはずっと不機嫌な顔しているし、
私も気まずいので、この際、飲んじゃおう。
だんだん酔いが回ってきた。
いつもは怖くて話すのにとっても勇気がいるのに、真横に座ると目も合わないし、
何でも言えちゃいそう..お酒の力って凄いわ。
「まだ怒っているんですか? キムプロデューサーって私のこと嫌いでしょ?
 私、そういう勘は鋭いんです。私が不出来なのは認めます。
 でもそんなに睨まないで下さい。」
「・・睨んでないよ・・先輩、どうにかしてくださいよ。」
「キム・サンヒョクのこういう姿って、長い付き合いだけど見た事なかったな・・
これは貴重だぞ(笑)」
「ちゃんと反省しました。お説教タイムは終わりにしません?」
「開き直るな!」

キムプロデューサーが大きな声を上げた時、彼の後ろから、誰かが肩に手を乗せた。
「サンヒョク。こんなところで、女の子を怒鳴るなんて、あなたらしくないわ。」
「・・ユジン・・」
落ち着いた感じの綺麗な人だった。せっかくの助け舟、乗らなくちゃ。
「ガミガミ言うんですよ。泣いちゃいそうですよ。」
「お前、自分がした事、棚に上げるな!」
その人はキムプロデューサーを押し留める様に、優雅に首をかしげた。
わあ。大人の女の人って感じ。私、ファンになっちゃう。
その人は、ユ先輩にも軽く会釈し、ふわっと通り過ぎようとした。
キムプロデューサーはすぐに後を追った。

何? キムプロデューサーの瞳、いつもと違う感じ?

私はユ先輩に尋ねた。
「誰なんですか?」
「サンヒョクの昔の彼女だよ。けど、その話題には触れるなよ。
古傷には触れないのが大人のエチケットだ。」
いつにないユ先輩の厳しい視線に、私はうなずいた。


サンヒョクはユジンに会ったのは久しぶりだった。
「ユジン、今日はどうしたの?」
「私はクライアントと打ち合わせ兼お食事よ。」
「後で話せる?」
「今来たところだから、時間かかるわ。」
「仕事、うまくいってる?」
「ええ、大忙し。ジョンアさんは前より人使いあらいみたい。(笑)あなたは?」
「まあまあだ。問題娘の教育に手を焼いているよ。」
「アラ。可愛らしいじゃない。」
「..ジュンサンから連絡はあるの?」
「..ないわ。でも心配しないで。」
「以前みたいに、なんでも相談してくれていいんだからな。」
「ありがとう。サンヒョク。」


キムプロデューサーが席に戻って来た。
「先輩は?」
「時間だからって、局に戻りました。」
「そうか、君も帰っていいよ。帰って始末書と反省文、書くんだろう?」
「キムプロデューサーは帰らないんですか?」
「ああ。」
ふーん。あの綺麗な人待っているんだ。
「送ってくれたりはしませんよね?」
「・・今日、デートした彼に送ってもらえば。」
ひゃー。キムプロデューサーにバレている。何で分かったんだろ?私が不思議に思っていると、
「いつもよりおしゃれしていたから、だいたい判るよ。」
これ以上怒られる前に帰ろうっと。
キムプロデューサーって意外に鋭いのね。


反省文? ちゃんと指定枚数で書きましたよ。
大失敗の後は、気を引き締めてお仕事しなくっちゃ。
もう、彼が突然会いたいって言っても行かないわ。今は信頼回復が一番よ。

秋も深まり、はじめは失敗ばかりだったけれど、この頃、私も仕事に自信が出てきて、大体の事は私とミンウで対応できるようになった。
キムプロデューサーに相談することも少なくなり、ちょっとだけ任されてきたって感じ。
君のキャラクターが固まっていないとか言われるけれど、私は成長中なんだから、
型にはまってなんかいられないわ。




****

ウンヒって..こんな感じです。
自然とパワーのあるウンヒに一人称を取られています。あは!
「ラク」な描き方に逃げた説もありますが、勢いだけ突き進んでいます。





冬のソナタ To the Future 2005 Copyright©. All Rights. Reserved
当サイトのコンテンツを無断で転載・掲載する事は禁じています