お正月の賑わいも醒めない頃、私ウンヒは大好きな彼から別れを告げられた。
振られちゃったみたい・・・。
寂しくて、悔しくて、何がなんだか考えられなくて。
世界中が真っ暗になった気がして、すべてがどうでもよくなった。
泣いて、泣いて、泣いて、そして気が付いたら、完全に寝過ごしてしまっていた。
あっ仕事。行かなくちゃ。
着替えもお化粧もどうしたのか、今も記憶にない。
サンヒョクは、デスクの前で考え込んでいた。
(近頃、一人前になってきたと思っていたのに、どういうことだ?)
「連絡取れません。どうしますか? 今回はユ先輩も公開録音に出てます」
「彼女の近頃の責任感を信じて待とう。放送に穴を空ける訳にいかないから
誰でもいいからブースに入っておけ。曲もいつもより多く用意して」
結局、放送開始時間になっても、ウンヒは現れなかった。
誰もブースに入りたがらず、結局、サンヒョクがマイクの前に座った。
(オイオイ。こんなのありかよ。高校の放送部以来だぜ。やるしかないけど。)
『DJウンヒが急病のため、本日はプロデューサーのキム・サンヒョクがお届けします。
なにぶん不慣れですのでご了承ください。』
放送が終わるとブース前に上司が来ていた。他のスタッフは固唾を呑んでみていた。
「どういう事だね?いつからキムプロデューサーはDJもやるようになったのかね?」
「..申し訳ありません。スタジオでウンヒが倒れてしまい、そのまま病院へ。
あとで、報告書を上へ上げます・・」
「まあ..そうしてくれ。君とチェウンヒ君は後日私のところへ」
「..ハイ」
放送時間をとうに過ぎていた。
私がドアを開けるとキムプロデューサーが一人で待っていた。
目は充血し、やつれているだろう私の姿を見られた気がした。
「・・やっぱり来たね。 大遅刻だ!」
「..申し訳ありません..」
私は蚊の鳴くような声しか出せなかった。
「..今日の放送は?」
「何とかした。」
「辞表、明日提出します。申し訳ありません」
キムプロデューサーはしばらく何も言わなかった。
「察するところ、失恋か?」
「.....そうです」
私はなんで、こんなこと、キムプロデューサーに言っているんだろう?
「じゃ。飲みに行くか?」
「?」
「今日の放送は僕がした。文字通り君の仕事をしたんだから、おごってくれるよね」
「・・・」
「今日は、上司とより、ひとりで飲みたい気分か?」
「・・いいえ、一緒に飲んでください」
黙ってお酒を注いでくれる。
絶対ガミガミと怒られると思っていたのに・・
また涙が出てきた。流れる涙は止められなかった。
「私、泣いてませんからね..」
「ああ。」
何も聞かれたくなかったし、答えたくもなかった。
キムプロデューサーが、沈黙を続けてくれるのがうれしかった。
しばらく時間がたったように感じた。
私は、ふと、キムプロデューサーの横顔を見ると、なんだか寂しげに見えた。
そして、キムプロデューサーのグラスに視線を落した時、左手にいつもの指輪がないことに気が付いた。
「あの・・指輪、なくしたんですか?」
「いいや、聞きたい?」
なんだか切ない声に、思わずいいえと答えてしまった。
キムプロデューサーは、私のほうに、ゆっくり視線を向けた。
「・・もう、いいの?」
「えっ?」
「・・その、気は済んだの?」
「いっぱい泣いたら、少し楽になりまし。」
「・・君は、たくましいね・・」
キムプロデューサーはポツポツと話し始めた。
「今日の事だけど、君は急病で倒れたことにした。話を合わせといてくれ」
「なんだか共犯みたいですね」
「まったく、ヘンな事に巻き込まれたもんだ。」
「・・あの、今日はどうして怒らないんですか?」
「ん? じゃ、明日までに原稿用紙5枚の反省文」
「・・はい」
「冗談だよ。今日はゆっくり休んだ方がいい。僕も報告書は明日だ。
さあ、遅いし、そろそろ帰ろう。送っていくよ」
んー。気になるからやっぱり聞いちゃおう。
「あの、ひとつ確認してもいいですか?
女除けの指輪を外したってことは、私って狙われています?」
キムプロデューサーは私の質問に笑い出した。
そんな涙流して笑わなくても..
「安心していいよ。下心まったくなしで送っていくから」
アパートの前の路地が見えてきた。
「アレッ、お母さん?」
タクシーから降りた私を、お母さんはじっと見つめていた。
次の瞬間、お母さんは車から降りてきたキムプロデューサーに駆け寄り、あろう事か、手を上げた。
《パチンッ》という音が暗闇に響いた。
・・痛そう・・
キムプロデューサーは、呆然と立っていた。
お母さんは続けてこう言った。
「あなたね!うちの娘を泣かしたのは!」
お母さん。どうしてそうなるのよ・・。
私は事態にびっくりしつつも、おかあさんに尋ねた。
「お母さんが、どうしてここに来ているのよ?」
「あなた、昨日、たまに電話してきたと思ったら泣いているみたいだったし、
今日は今日で、ラジオ局の人が、あなたを探しているみたいだったし、
あなたの番組だって、ウンヒが急病だって・・違う人がやっていたわよ。
心配するのは当たり前でしょ!!
それに、こんなに夜遅くに、男の人とお酒を飲んで帰って来るなんて、
どうなっているの!! あなたは!」
お母さんは、周りも気にせず、一気にまくし立てた。
私もつられて大きな声を出す。
「ちがうの!聞いて! この人は番組のプロデューサーの方なの!」
キムプロデューサーは、お母さんの正面に立ち、言った。
「・・申し遅れました。お昼にお電話を差し上げたプロデューサーのキム・サンヒョクです。」
「えっ?・・あっ・・その勘違いを・・すみません・・
でも・・若い娘をこんな時間まで連れ回すなんて・・
いいお年なのに、もっと分別を持っていただきたいわ!」
「ちがうの! その・・私・・落ち込んでいて・・励まして下さっていたの!
飲みに行ったのだって、私が連れて行って下さいってお願いしたの!」
「・・娘さんを遅くまでお借りし、ご心配をお掛けしました。」
お母さんはまだ厳しい視線を送っていた。
これ以上ここにいたら、何を言い出すか分からないので、私はこの場を立ち去ろうと口を開いた。
「キムプロデューサー。すみません。ありがとうございました。
ホラッ、お母さん、行くわよ。」
サンヒョクは、二人が家へ入っていくのを見届けると、再びタクシーに乗り込んだ。
車の中で深いため息をついた。
(・・今日って・・厄日だったのかな・・)
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どうしたらサンヒョクの視界に入れるのか。考えた結果こうなりました。
あは。これからゆっくりゆっくり・・じわじわっと展開です。
1話1話の長さもとくに考えず..思い付いただけ書いちゃう方式の私です^^;