<12> 温かな空気

年の瀬が押し迫っていたある日。
私ウンヒはいつものように、キムプロデューサーに原稿の批評をいただいていた。
プロデューサーというのは、誰でもこんなにオールマイティなのかしら?
その批評は常に的を射ていて、未熟者の私には耳の痛いことばかり・・
でも、言われることはもっともなことばかりで、『次こそは』と思いつつ拝聴していた。

私って少しは成長しているのかしら・・


キムプロデューサーの携帯電話が鳴った。
「あっ、ユジン。どうかしたの?」
ユジンさんからの電話か。私がそっと席を立とうとすると、キムプロデューサーが私の袖を引いた。
「ジュンサンには内緒の相談なの?わかった。いいよ。 これからウンヒと夕飯食べに行くから、ウンヒも一緒でいいなら・・ ユジン出て来られるの?うん、あとで」
えーっ。私が同席でもいいって・・ どうして?
私が困惑していると、キムプロデューサーが私の顔を覗き込んで言った。
「ウンヒ? 迷惑?」
「・・そういう訳では」
「じゃ、付き合って」
「・・はい」

私とキムプロデューサーは、いつもの如くいつもの席に座った。
「あの・・私が居ていいんですか?」
「いいと思うけど、なんで?」
私が次の言葉を言おうとすると、視野の片隅から、ユジンさんが現われた。

アレ?ユジンさん、もしかして?
ユジンさん。頬は少しこけた感じだけれど、お腹あたりはふっくらしている?

キムプロデューサーはユジンさんに向かって言った。
「ユジン。もう体調はいいの?」
「ええ。心配かけてごめんなさい。安定期に入って少し楽になったの」
「ジュンサン、心配しているだろ?つわりが無くなったからといってあまり無理するなよ。大切な身体なんだから」
「ジュンサン、私より神経質になっていて・・私よりお産について勉強しているかも・・」
「ハハハ、ユジンがうっかり者だから、ちょうどいいよ」
「アラ、私だってしっかりしているわよ!」
「はいはい」
「サンヒョク・・あの・・あなたばかり頼りにしてしまって・・」
「気にするな」

ユジンさんはキムプロデューサーの正面、私の横に座った。
「ウンヒさん、ゴメンナサイね。すぐ失礼するから」
「あの・・私、席外した方がいいですよね?」
ユジンさんはキムプロデューサーに問いかけた。
「サンヒョクは、どう?」
「僕はかまわないけれど、ユジンは?」
ユジンさんはうなずいた。
私は席を外すタイミングをなんとなく失ってしまった。

ユジンさんが話し始めた。
「あなたのお父さん、お母さんの事なんだけれど・・」
「・・父さんと母さん・・やっぱり。ジュンサン、気にしているのか?」
「ええ、赤ちゃんが生まれる前に、少しでも和解出来たらって思っているみたいなんだけれど・・春川の母も、アメリカのお父様、お母様も、赤ちゃんが出来たことすごく喜んでくれていて・・かえって・・私がこちらのお父様、お母様にお会いできる立場じゃないし・・少しでも、ジュンサンの心の負担を軽くしてあげたいんだけれど、私、どうすればいいのか分からなくって・・」
「・・難しいな。うちの父さんも母さんも気にはしていると思うけれど・・まだ、その話は・・・母さんには、受け入れるのにもう少し時間がかかる気がする・・父さんもそんな母さんに遠慮しているし・・お正月に帰ったら、少し話してみるけれど・・僕が力になってあげたいけれど・・この件は・・あまり期待しないで」
「私が妊娠している事は、知っていらっしゃるのかしら?」
「まだ、言ってないけれど・・父さんもおじいちゃんになるんだから、そろそろ教えておいた方がいいかな?」
「ジュンサンは、私には、生まれてからお伝えすればいいって・・・」
「そうだね。・・ユジンが気になるなら、僕から父さんに伝えておこうか?」
「近くに住んでいるのに、一度もご挨拶も、連絡もせず、本当にごめんなさい」
「なんでユジンが謝るのさ。これは誰が悪いって言う類の話じゃないから」
「サンヒョク、また家に遊びに来て、ジュンサンにお父さんの近況とか教えてもらえるかしら?」
「いいよ」
「ありがとう」
「ユジン。あまり考えすぎるな。胎教に悪いぞ。そういう事はジュンサンに任せておけよ。それと身体大切にしろよ。お前、そそっかしいんだから・・困ったことがあったら、なんでも相談して、力になるから」
「ごめんなさい・・」
「気にするなよ。お義姉さん!」
「サンヒョク・・」
「ここに寄っている事、ジュンサンには内緒なんだろ?遅くなると冷えてくるし、あいつ、けっこう心配性で勘が鋭いから、帰った方がいいよ。送っていく?」
「いいわよ。外にタクシーを待たせているの。ウンヒさん。ごめんなさいね。気を悪くしないで。また、家にも遊びに来てくださいね」
ユジンさんは、にっこり微笑んで、席を立った。
私は、会釈することしか出来なかった。
キムプロデューサーは駐車場までユジンさんを送っていった。


キムプロデューサーがテーブルに戻ってからも、しばらく会話が始まらなかった。
私は、キムプロデューサーの表情を伺うと、穏やかに微笑んでいるように見えた。
「ユジンさんて、お腹に赤ちゃんいるんですね」
「あぁ、春過ぎる頃には生まれるんじゃないかな」
私はキムプロデューサーの目を見て聞いた。
「サンヒョクさん、つらくないですか?」
「つらくなんかないよ」
「どうして笑って話せるんですか?」
「どうしてだろうね」
キムプロデューサーも目をそらさなかった。私は答えてくれるのを待った。
キムプロデューサーは軽く息をはいてから言った。
「ユジンは、愛した人だけど、終わったことだから。ユジンは小さい頃から家族みたいに育って、相談したり、されたりって、当たり前のことなんだよ」

私は、キムプロデューサーの瞳をじっと見た。
(私に、本当のこと、本当の気持ちを言っているの?・・・)
そして、キムプロデューサーの心中を思うとだんだん胸が苦しくなってきた。
(愛した人がお兄さんと結婚して平気なはずなんてないのに・・なのに、相談にも乗って、力になってあげるなんて・・普通に出来ることじゃないわ!)

「・・心、広いんですね」
「どちらかというと狭いよ。狭くて自己嫌悪すること多いし・・」
私はキムプロデューサーの手を取り言った。
「サンヒョクさん。『いい男』なんですね!」
「は? いい男ってなんだよ?」
「素敵な男性って言う意味です!」
キムプロデューサーは私のアタマに手を乗せ、私の髪をくしゃくしゃっとした。
「・・ウンヒ。今頃、気付いたのか?(笑)」
「私、素敵な人って好きです!」
あっ、私ったら、大声でなに言っているんだろう・・
自分で言ってから恥ずかしくなってきた。

なのに、キムプロデューサーは肩を震わせて笑っていた。
「そう言ってくれるのは、ありがたいけど・・」
「なにが、そんなにおかしいんですか?」
「いや、おかしくないよ。 ありがとう、ウンヒ」
「お礼を言われることじゃないです!」
「そうかな?」
「そうです!」
キムプロデューサーはまだクックッと笑っていた。


「でも、ユジンさんて羨ましいなぁ」
「どうして?」
「『困ったことがあったらなんでも相談して』なんて、私、言ってもらった事ないですよね」
「ウンヒは相談なんかしないで、どんどん自分で決めていくばっかりだろ?あとのフォローだけでこっちは大忙しだよ(笑)」
「私だって、悩みのひとつやふたつあります!」
「本当?ウンヒが考え込んでいる姿って見たことないけど・・悩み、聞いてあげようか?あればだけど(笑)」
「失礼な」
「自分で決断していく力も魅力だと思うけど・・・」
「それって、褒めてます?」
「もちろん。褒めているつもりなんだけど」

んー。なんか納得いかない。

キムプロデューサーは笑いながら言った。
「ねぇ。お腹すかない? まず、なんか食べない?」
「そうですよね。食べましょう!」

そうだ、まだご飯食べてなかった。
空腹じゃあ、キムプロデューサーに太刀打ち出来ないわ!!

サンヒョクは思った。
(ウンヒ。僕とユジンが話している間、僕をずっと心配そうに見ていたね。気付いていたよ。
 そんなに心配しなくても大丈夫だよ.. 
 ウンヒ、君の視線を感じていたら・・ 空気が・・心の中が・・あったかだったよ・・)




*****

切な過ぎる経験を積んだサンヒョク。そんなあなたがウンヒの存在に付いたら...
ウンヒと出会って2年弱、サンヒョクにとって超スピード展開^^?
今後、じわじわっと..ウンヒの存在が大きくなっていってくれれば.... *^^*




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