<11> ちょっとだけお宅訪問

秋も深まったある日。仕事の合間を縫って、いつものように屋上へ行く。


キムプロデューサーが申し訳なさそうに、私ウンヒに原稿を手渡した。
私の原稿はボロボロになっていた。
「ゴメン。家で読もうと思ったらチビにやられちゃって・・」
「チビ?」
「おととい子猫を拾ってね。今、家に居るんだ。」
「えー!いいなぁ。私、猫、大好きなんですけれど、アパート飼っちゃいけなくって。キムプロデューサーの住んでいる所はペット可なんですか?」
「まあ・・基本的には駄目なんだろうけど・・」
「今度、見に行ってもいいですか?」
「知り合いが獣医をしているから、今度の日曜に、そこに預けて、
 新しい飼い主さんを見つけてもらおうと思っていて・・」
「じゃ、私、今度の日曜に伺ってもいいですか?」
「・・いいよ」


日曜日。きょうは秋晴れ。
キムプロデューサーに描いてもらった地図を見ながらマンションを訪ねた。
子猫ちゃん「チビ」に会いたくて勢いでここまで来てしまったけれど、よく考えたら、ちょっと大胆だったかしら・・

キムプロデューサーのお家はきれいに片付いていた。
私が想像する男の一人暮らしとはちょっと違うみたい。あまり、キョロキョロしても失礼か・・
キムプロデューサーは平然としているように見えた。ドキドキしているのは私だけみたい。

「あの・・一人暮らしなのにずいぶん広い所に住んでいるんですね」
「あぁ。結婚後の新居にって考えていた所だからね」
あっ、いけないこと言っちゃったかしら・・。
「・・すみません。余計なこと言って」
「いいよ。別に。(笑)ここにお客さんが来るって珍しいことだから・・その辺に座っていて。
 いま、お茶でも入れるから」
「・・おかまいなく」

私の足元に、小さくてフワフワの茶色のトラ猫が寄ってきた。
「かわいい! おいで、チビちゃん こんにちは〜 はじめまして」
私は子猫を膝の上に乗せ、そっと撫ぜた。
チビちゃんは気持ちよさそうに私の膝の上でまるくなった。

キムプロデューサーがお茶を入れてきてくれた。
「おまたせ。チビ、お客さんの上に乗っかっていたら失礼だろ。こっちにおいで」
「いいですよ、賢い猫は猫好きな人が分かるんですよ。ねえ?」
「僕もけっこう好きなんだけど・・」
「私の方が上って事ですよ!」
「・・まぁ、そういう事でもいいけれど・・」


私の膝の上で眠っていたチビちゃんが『くしゅん..』とくしゃみをした。
わぁ! なんてかわいいのぉ。
キムプロデューサーに視線を上げると、目を細め首を傾げて優しい表情をしていた。
そうですよね、かわいいですよね.. 私はキムプロデューサーのまねをして首を傾げた。
キムプロデューサーは静かに笑った。

キムプロデューサーが座るとチビちゃんはスーっと移動していき、彼の膝の上に乗った。
私とキムプロデューサーは顔を見合わせて笑ってしまった。
「あー、どうして行っちゃうの!キムプロデューサーが寂しがるからチビちゃん気を使っているんですよ」
「そうかそうか。やっぱり僕の方が猫好きなんだよなぁ」
キムプロデューサーは子猫を抱き上げて頬ずりをした。
私はそれを見て吹き出してしまった。
「あはは。サンヒョクさんは仕事場の顔とずいぶん違うんですね。もしかして帰ってきた時に『ただいまぁ。いま帰りまちたよぉ。』とか言っちゃったりして・・」 
キムプロデューサーの憮然とした表情に、
「図星なんだぁ!(笑)」
「ウンヒ!うるさい。けっこう大変だったんだぞ!子猫と暮らすというのも・・夜はミーミー泣くしベッドの真ん中は占領されるし・・こいつ、最初カバンの中に寝ちゃったんだぞ。どこ行ったのかと思って探しちゃったよ」
「・・こんなに可愛いのに・・よく手放す決心しましたね」
「しょうがないよ。ここのマンションは駄目なんだから・・チビが幸せになればいいんだ」
「へぇ。寂しいくせに。正直じゃないんですね」
キムプロデューサーは軽くため息をつき、また苦笑いを浮かべた。

「・・早く、お茶飲んじゃって! ヨンゴクの所へ行くんだから」
「知り合いの獣医さんはヨンゴクさんと言うんですか?」
「そう。ヨンゴクは僕の親友なんだ」
「あの・・私って付いて行ってもいいんでしょうか?」
「えっ、行かないの?」
「行きますよ!私がチビちゃんを抱いていってもいいですか?」
「最初からそのつもりだけれど」

私ってキムプロデューサーの親友にまで会ってしまっていいんだろうか?

キムプロデューサーの車でヨンゴクさんの動物病院へ向かう。
「よう!」
キムプロデューサーとヨンゴクさんは、いきなりボクシングのマネをしてじゃれ合っている。
いい大人同士なのに・・
「サンヒョク、久しぶりだな!近頃忙しいのか?誘っても全然顔を見せないじゃないか」
「悪い悪い。それで連絡した子猫を連れてきたんだけれど」
私はヨンゴクさんにチビちゃんを手渡した。
「OK。こういうことは任せてよ。ん、健康状態はよさそうだな。よしっ。そういえば僕の助手が子猫の飼い方をFaxしたはずだけど、わかったか?」
「ああ。獣医から飼育方法を伝授されるなんて、受け取った時は緊張しちゃったよ。でも、Fax1枚にすごく分かりやすくまとめてあったよ」
「そう。どんな内容だったか見たかったよ。先生としてね」
「ヨンゴクが先生ねぇ..世の中変わるもんだよ。(笑)」
「なに言ってんだ」

ヨンゴクさんが私の方を振り返り、言った。
「サンヒョク。ところで・・彼女は?紹介してくれるんだろ?」
「ああ、彼女は僕がやっている番組のDJ、チェ・ウンヒ。こっちは僕の悪友のクォンヨンゴク」
「あの・・はじめまして」
「あー、ウンヒさん!あのウンヒさん!へぇ・・」
「何だよ?」
「ジュンサンから聞いたんだ。ウンヒさんけっこう勇ましいって(笑)」
「あの・・ジュンサンさんともお知り合いなんですか?」
「そう。俺たち高校の同級生。放送部の仲間なんだ」
「えっ?」
ジュンサンさんってお兄さんじゃなかった?
私が不思議そうにしていると、キムプロデューサーがヨンゴクさんに向かって言った。
「まぁまぁ、そういうことは・・ ところでジヒョンちゃんは元気?」
「元気元気!今日もジンスクと二人で出掛けちゃったよ。サンヒョク、女の子はなぁ成長するのが早いぞ。すっかりオマセさんに変身だ。近頃はジンスクみたいにしゃべるんだぜ。お前も子どもと一緒に遊ぶ夢があるなら、男の子だぞ!」
「なに言ってんだよ。いつもはジヒョンちゃんを目に入れても痛くない程可愛がっているのに。これだもんな」
「・・ところで、お前たちは・・その・・お付き合いをしているの?」
私が口を開く前にキムプロデューサーが言った。
「チビが彼女の大切な原稿をかじっちゃって。そのお詫びに夕飯でもご馳走しようと思って。」
私はそれを聞いてちょっと驚いた声が出た。
「えー!そうだったんですか?」
「何だと思っていたんだよ?」
「・・そう思っていました」
わたしとキムプロデューサーの会話を聞いていたヨンゴクさんが『フフッ』と笑った。

キムプロデューサーは言った。
「ヨンゴク、じゃあ、頼んだよ」
「頼まれたよ。オイ、サンヒョク。たまには俺も遊んでくれよ」
「はいはい」

わたしとキムプロデューサーはキムプロデューサーの車に乗り込んだ。
「私、なにをご馳走してもらおうかなぁ?」
ちらっとキムプロデューサーの顔を見上げると、「何でもどうぞ」と返ってきた。
何でもと言われると、案外・・思い付かないものなのね。
「じゃ、局の近くのいつもの所へ行きましょう」
「えっ、それでいいの?」
「その方が落ち着くじゃないですか?」
「では、ウンヒさん、参りましょう」

ここにキムプロデューサーと来るのも普通になってきたなぁ。
いつもの席に座った。
「聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「ジュンサンさんってお兄さんなんですよね?同級生?」
「んー。よく分かるように言えば・・異母兄弟なんだ」
「そうなんですか」
「他に質問は?」
「んー、今はいいです」
「そう?質問はこれで締め切るけど、いい?」
「私に何もかも教えてくれる気になったんですか?」
「ハハ。言うねえ」
「日々、鍛えられていますから(笑)」
「なるほど(笑)」

帰り道、外は思ったより冷え込んできた。
あー、もう1枚着て来ればよかった。さむっ。
キムプロデューサーが自分のジャケットを脱いで、私の肩にふわっと掛けてくれた。
「いいですょ、サンヒョクさんが寒いじゃないですか・・」
「遠慮するな。大切なDJに風邪でも引かれたら困るし、また代役でマイクを握るのは勘弁してもらいたいからな(笑)」
「え・・でも・・」
「いやなら、やめとく?」
「あっ、貸していただきます!」
「そう、素直でよろしい!(笑)」
キムプロデューサーのジャケット。煙草の香りがする・・
私が着ると大きくってブカブカで手なんて全然出なかった・・でも、あったかーい・・
これを借りちゃったってことは・・キムプロデューサーの方へ視線を投げた。
「でも・・やっぱり寒いですよね?」
「あぁ。さむいさむい!(笑)」
「じゃあ。お返しします!私の方が若いですから」
私はキムプロデューサーの歩みを止めようと、後ろ向きに歩きながらジャケットを脱ごうとした。
「いいよ、こういう時は黙って借りておきなさい。」
「そういうのってやせ我慢って言いませんか?サンヒョクさんこそ風邪引いたらどうするんですか?」
「あのなー」
「なんですか?」
その瞬間、私は何かにつまずいてしまった。『ああ・・あっ』
キムプロデューサーの手が私の腕をつかみ、引き寄せられた。
反動でわたしの顔はキムプロデューサーの胸の辺りにぶつかり、抱き寄せられた格好になってしまった。
「ホラ!歩く時は前を向いて歩く! まったく・・」
私は自分の顔が火照っているのを感じた。
なに意識しちゃってるのよ・・私は・・

私はなんだか恥ずかしくって、話題を変えた。
「チビちゃんがいないから、今日から静かに眠れますよ」
「そうかぁ」
「そうですよ。一人暮らしは帰ると部屋は『シーン』って音が聞こえそうなくらい静かですからね。チビちゃんがいないとその静けさが身に沁みますよ。きっと」
「おいおい、僕を追い込まないでくれよ。そうだな。やっぱり寂しいかなあ・・いつも一緒に寝ていたからなぁ・・」
「私、添い寝してあげましょうか?」
「・・・」
「冗談ですよ。そんなに顔赤くしないでくださいよ」
「俺って、おちょくられている?」
「えへへへ」




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本編のようなダイナミック展開はありません。じわじわっと・・です^^
サンヒョクはちょこっといい男に成長してもらって.. ちょっとづつ『恋』へ行きたい!




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