「もっと近くで微笑んで・・・・」

「冬のソナタ」には、ご存知のように、映像にはなかった空白10年と空白の3年があります。
このお話は、空白の10年の間のユジンとサンヒョクを覗いてみたら..と、かなり無謀な^^;お話です。


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今日は特別な日。 今日で最後にするから・・ 

キュッ キュッ キュッ 
一歩、また一歩、踏み出すたびにいつかと同じ音がする。
頬に当たる冷たい風にマフラーを巻きなおした。

もう ここには来ないつもりだったのに...
沈んだ顔を見せたらいけないのに...

船着場から出発を知らせる船の汽笛が聞こえてきた。





旧正月が過ぎ2月ももう半ばというのに、春の息吹さえも感じられない。

ソウルから春川へ、サンヒョクは車を走らせていた。

何も予定を入れないはずだった今日という日
どうして今日なんだ.. そんな思いはどこ吹く風だ

転勤したばかりの父さんの代理で春川の親戚の家へ出向くことになった。
そのついでにと大学の後任教授に渡すようにと書類ケースを持たされる。
母さんは僕が行くことを親戚に嬉々として電話をし、出掛けに馴染みの店での買い物リストまで手渡した。

半ば自棄になりながら、車のドアを乱暴に閉めた。

こんなはずじゃなかったのに・・・・・・・・・・



湖の公園横を通り過ぎようした時、見慣れた空色のコートがサンヒョクの目に留まった。
公園出口からポケットに手を入れ足元に気を取られながら歩いているユジンの姿だ。

固い表情で歩くユジンをバックミラーで確認するとサンヒョクは路肩に停車した。

「ユジン!」

車の窓から身を乗り出し手を振るサンヒョクに驚いたように目を見開いた。
サンヒョクに促されユジンは助手席に乗り込んだ。

「サンヒョク、どうしてここにいるの?」
「久々にゆっくりできると思ったらいろいろ頼まれたんだ。あとは大学へ行って、ホラ..なんていうんだっけ、駅前の店。そこへ行って..  ユジンは?散歩?こっちでなにかあった?」
「う・・ん、電話で話していたら逢いたくなって、一日休みが取れたから来ちゃった。ヒジン、ママの手を焼かせているみたいなの。反抗期なのかしら?」
「ヒジンが? ユジンがずっとソウルだから寂しいんだよ。サンヒョクお兄ちゃんからビシッと言ってあげようか?」
「そうね、昔からサンヒョクの言うことをよく聞くもの」
「じゃ、説教ばかりって嫌われないようにシュークリームのお土産持参で行くよ」
「シュークリームね。ヒジン『サンヒョクお兄ちゃん大好き!』って大歓迎よ。抱きついてきたりして」
ユジンは腕を交差しギュッと自分を抱きしめ、運転するサンヒョクにおどけてみせた。
「ユジンも好きだろ?」
「えっ」
「えっ? ・・・・ シュークリーム」
「あぁシュークリーム、・・好きよ」
ユジンの気まずそうな声がサンヒョクの耳に届いた。

「・・・ユジン、今日はこっちに泊まるの?」

「ううん、明日は抜けられない打ち合わせがあるから最終バスで帰るわ」
「よかったら送るよ、どうせ僕も今日中にはソウルに帰るつもりだったから」
「じゃ、あとで家に寄って。晩ご飯、一緒に食べましょうよ、ママも喜ぶわ」
「急にお邪魔して..その..いいのかな?」
「どうしたの? いつでも大歓迎よ、決まってるじゃない」
「じゃ、あとで」
「あとで」



あの時から・・
あの時からユジンの弾けるような笑顔を見ることがなくなった
いつもなにか思いつめたように、なにもかもひとりで背負っているかのようなユジン

僕がずっとそばにいるよ
ユジンが必要としてくれる存在になりたいんだ
ねぇユジン、僕の気持ちは伝わっているのか? 
いつになったら・・・ いつになったら、君は僕を・・・・・・・ 

ユジンが歩いただろう湖畔にサンヒョクは向かっていた。

冬の空は昼の透明感を失い、木々と雪がまるで墨絵を思わせ静寂だけが辺りを包む。

こんな寂しいところでユジンは何をしていたんだろう
サンヒョクの胸のモヤモヤは冬の夕闇のように駆け足で心を被う。

煙草に火を付けようとしたとき、ベンチの前の台に小さなゆきだるまを見付けた。
サンヒョクは煙草を燻らしながらゆっくり近づいていった。

そのゆきだるまには顔がなかった。
そして、その横に誰かが忘れていったのか青いリボンのかかった小さな包み。

「なんだ、ゆきだるま君はもらえたのか」
サンヒョクは自分の声に苦笑いがこぼれた。


去年のバレンタインディ・・・
ユジンから電話があった時、飛び上がるほどうれしかった。

待ち合わせの店に入るとすぐにユジンが近付いてきた。
「急に呼び出しちゃって、来てくれてありがとう」
「かまわないよ、今日は僕を呼んでもよかったの?」
「うん、来てもらいなさいってチョンアさんが。あの・・サンヒョク。日頃の感謝を込めて..これ」
ユジンが差し出したものに手を伸ばした時、ユジンの背中をバシッと叩く音がした。
「かんしゃぁ? ちがうでしょ、ナニ老夫婦のようなこと言ってんのよ。込めるのは愛でしょ? あ・い」
ユジンの背後からチョンアさんがぬっと現れた。

「チョンアさん、こんばんは。今日はお誘いいただいてありがとうございます」
「ねえ、サンヒョクさん、感謝より愛のほうがいいと思いません? だって今日は恋人たちの日なんだから」
「僕は、ユジンからもらえたら感謝でも愛でもうれしいですよ」
ユジンの手からプレゼントらしい小包を受け取り、頬にくっつけ微笑んでみせる。
「あ〜あ、これだから掛ける言葉がなくなるってもんよ。スンリョーン、アツアツの二人のそばにはいられないわ、あっちで呑みなおしよ〜」
チョンアさんが手をパタパタとうちわのように扇ぎ背を向けると、ユジンは僕に済まなさそうに耳打ちした。
「ごめんね、やっぱりふたりきりの時に渡せばよかった」
「いいよ、気にしなくて」


ユジン、今年は.. 覚えているのかな?
「今日は何日か知ってる?」なんて言ったら 《いかにも..》って感じだよな...
ここ数週間忙しそうだったから、忘れているにちがいない

サンヒョクはゆきだるまから目が離せずにいた。

でも、偶然でも今日ここで会えたんだから「ラッキー」なんだよな
これからユジンの実家にお邪魔するわけだし....

ベンチの下に落ちていた赤いおもちゃのバケツを帽子代わりにゆきだるまにかぶせ、
「おい!この幸せ者」 バケツをポンと叩いた。





誰もいなくなった公園に外灯が灯る
バケツを目深にかぶったゆきだるまと小さなプレゼントがぼうっと浮かび上がった。


いつしか空から冷たい雪が落ちてきた。

舞い降りる雪の精だけが知っている
ゆきだるまは笑っているのか 泣いているのか
雪が積もる 想いも積もる



雪の精の舞踏会が終わるころ、世界は新たな白に塗り替えられた。


                                                おわり




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