『サンヒョクの雪融け』番外編 その1
                                         
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サンヒョクは仕事場であるラジオ局の屋上で、おもむろに携帯電話を取り出した。
『ウンヒ、今日これから出てこられる?』
『え・・っと・・行けます!』
『そう、よかった。さっきハンさんに会って、ウンヒが早く仕事を終えたって聞いたから。久々に一緒にご飯を食べようと思って』
『・・は・・い』
『ウンヒ? どうかした?』
『べつに・・これから』
『今どこ?』
『今、自宅です』
『じゃ、迎えに行くから、ちょっとだけおしゃれをして待っていて』


サンヒョクはウンヒをソウル郊外のレストランへ連れて行く。
「きょうはちゃんとディナーをご馳走したくて・・ここには仕事でよく来るんだ。ウンヒと来るのは初めてだよね。今日、ハンさんと局で会ったんだ。ウンヒのこと褒めていたよ」
「そうでしょ〜。私、けっこう頑張っていますから!」
ウンヒはとびきりの笑顔をサンヒョクに向ける。
そして、いつものように、楽しそうにくるくるとおしゃべりをしていた。
しかし、食事も中盤に差し掛かった頃、ウンヒの動きが止まった。
「どうした? これ、けっこううまいぞ」
「ん。食欲あまりなくって、もう夏バテですかね(笑)」
「そうなの?」
急にウンヒの口数が減った。サンヒョクはそんなウンヒの様子を伺う。

帰り際、レストランから出ると、激しい雨が降り始めたところだった。
乾いた大地が雨を吸い込み、あたりはムッとするくらいの雨の匂いに包まれた。
「ウンヒ、疲れているみたいだけど、仕事は順調?プレッシャーで潰れそうって顔してるぞ。・・・あんまり無理すんなよ」
ウンヒはサンヒョクの顔をすっと見上げる、まっすぐな視線がぶつかった。

ウンヒは、突然、雨の中に駆け出す。
「おい! 待てよっ 濡れるぞ」
ウンヒは雨に打たれながら、手を広げにっこりと笑う。
「えへへ。暑かったから気持ちいいぃ!」
サンヒョクはじっとウンヒを見つめた。そして、サンヒョクも雨の中後を追う。
ウンヒを抱き寄せ、自分の胸にウンヒの頭を抱え込んだ。
「・・サンヒョクさんこそ・・濡れます・・」
「・・・」

何も言わない時間が流れる。しずかに雨音だけが響いた。

「・・ウンヒ?今、泣いただろ?さっきからヘンだぞ。僕の前では頑張るなよ」
「・・・」
「分かったら返事!」
「・・はい・・分かっちゃいましたか?」
「そのくらいはね。どうしたんだ?」
視線を合わせようと、ウンヒの頬を両手で包み込む。

「ウンヒ。お前、熱があるんじゃないのか?」
「ちょっとだけ・・」
「バカだなぁ〜。こんな事したらダメじゃないか」
ウンヒの腕を引っ張って行き、車の中へ押し入れる。
車の中にあったタオルを放り投げながらウンヒに尋ねた。
「いつから具合がわるいの?」
ウンヒは濡れた髪をぬぐっていて、返事はなかなか返ってこない。
「仕事も早退だったのか?」
「いいえ、薬を飲んで、ちゃんとやるべき仕事はしました。今日は早くあがっていいってハンさんが・・」
「病院へは行っているんだな?」
「は・・い」
「今、家まで送っていくから、ちゃんと寝てなきゃダメだ」
「でも・・」
「『でも』も『その』もなし」
「でも!こんな時じゃないとサンヒョクさんとなかなか時間が合わないんだもん・・」
サンヒョクは涙目のウンヒの頭をくしゃくしゃっと撫でながら
「僕は、そりゃデートだってしたいけど、病人に無理をさせるほどひどい男じゃない。ウンヒ、目をつぶって」
「えっ?」
「いいから目をつぶる!」
サンヒョクの語気に押されてウンヒは目を閉じた。
ウンヒは、自分の方へサンヒョクが覆いかぶさってきたような気配を感じた。その瞬間。
「うわっ」
急にカーシートの背もたれが倒れる。サンヒョクがリクライニングのレバーを引いたのだ。
「家に着くまで眠っていけば」
サンヒョクが車のエンジンをかけた。

運転をしながら、ポツリポツリとウンヒに話し掛ける。
「ハンさんが、言っていたんだ。ウンヒに大きな仕事を任せるって。けっこう大変なのか?そりゃ、仕事は頑張ってほしいけど、僕は、ウンヒに、無理はして欲しくない。僕の前くらいは頑張るなよ。力抜く所は抜かないと・・続かないぞ」
ふと視線を落とすとウンヒは眠っているようだ。
サンヒョクは口に手をあて、うすく微笑んだ。
(なんだ・・もう寝ちゃったのか・・今、けっこういい事言った気がしたんだけどな・・)

サンヒョクはことさら丁寧な運転を心がけた。
その時は、ウンヒの閉じた瞳からこぼれた涙には気が付かなかった。


こんな時に限って・・・
事故渋滞に嵌ってしまい車は遅々としか進まない。これは帰り着くのに時間がかかりそうだ。
ウンヒに視線を落とすと、ウンヒは眉間にしわを寄せている。
「ウンヒ?大丈夫か?」
「・・さむ・・い・・」
後部座席に置いてあったジャケットをウンヒに掛ける。
「とりあえずこれ。服が濡れているからな・・もうちょっと我慢できるか?」
「・・うん・・」
ウンヒは目を開けずに答える。
「んー。ここからだと、裏道を通って・・僕の家の方が近いな。早く着替えた方がいい。雨に濡れたからだぞ」
「・・・ん」
チラッとチラッとウンヒの様子を気遣いながら、駐車場までの長く感じる時間を過ごした。
(また、熱が出てきたみたいだな・・)


ウンヒは目を覚ました。そこには見慣れない天井。
(えっ?)
あわてて飛び起きると頭がふらつく。まるで自分の身体ではないように重い。
「やっと、お目覚め?」
サンヒョクは持っていたコーヒーカップをテーブルに置いた。
「サンヒョクさん?」
「そう、ここ、僕の家。運ぶのけっこう大変だったんだぞ」
「あの、今、何時ですか?」
「深夜の2時まわったところかな・・」
「眠らないんですか?」
「いっしょに寝てもいいの?(笑)」
「えっ?」
「そこ、僕のベッド(笑)」
「あっ」
ウンヒはあわててベッドを下りようとするが足がふらつき、サンヒョクは支えるように抱きとめた。
ウンヒの額に手を当てる。
「・・まだ、高そうだな。どうする?このまま眠っていく?」
「かっ、かえります。」
「まあ、そう言うと思ったよ。これ、ウンヒの服」
ウンヒにビニール袋の包みを渡した。
「服?」
「そう、服。ウンヒ、まだ頭が回っていないだろう?」
ウンヒは慌てて自分の姿を見た。

着替えている?? ど、どうしてよぉ〜〜。

「僕の服だから、ぶかぶかだね(笑)」
「あの・・私って自分で着替えましたか?」
「さあ、どうでしょう(笑)」
ウンヒは何か思い出したのか顔が真っ赤になる。つられるようにサンヒョクの頬も赤くなる・・
「仕方ないだろ。うわ言のように「さむい・・さむい」って言っているし、濡れたまま寝かせるわけにも・・大丈夫だよ・・ちゃんと電気を切って、暗くして・・」
  “パッチーン”
サンヒョクの頬を叩いた音が響いた。
「あっ・・ごめんなさい・・あの・・でも・・・・」
「びっくりするかもしれないとは思ったけど、まさか叩かれるとは・・な・・」
「あの・・」
「ちゃんとは見てないから、安心して」
「ちゃんとはって・・じゃ、ボンヤリは見たって事ですか?」
「見てない、見てない。疑われるくらいなら、じっくり見ておけばよかったかな(笑)」
「サンヒョクさん!」
「冗談だよ。さあ、歩けそう?送っていくよ」
サンヒョクのいつもの笑みに、ウンヒも表情を和らげる。

「あの、ありがとうございます。」
「どういたしまして。明日は仕事を休んで、もう一回病院へ行くんだぞ!休まないと」
「休まないと?」
「僕からハンさんへ連絡する」
「ダメです!」
「ウンヒ。自分の限界を見極めるのも大人の一歩だぞ」
「わかってます」
「そうか? さ、行くぞ」


ウンヒは車の中でも黙ったままだ。
「ウンヒ? 頭でも痛い?」
「大丈夫です。ずいぶんらくにはなりましたから。サンヒョクさん・・どうして・・そんなに・・普通・・なんですか?私、恥ずかしくって、サンヒョクさんの顔、見られません・・」
「普通・・でもないよ。そんな事を言われると残像が浮かぶじゃないか・・」
「残像・・」
「あ〜〜。ウンヒ、ちがう話をしよう」

サンヒョクはいつもより大きな声で話し始めた。
「ウンヒの夏休みっていつ?」
「ん〜っと、今の仕事次第かな・・どうしてですか?」
「8月に入ってからからなんだけど、高校の放送部の仲間で集まろうって話があるんだ。ジュンサンの別荘なんだけど、「ウンヒさんも連れて来ないか?」って言われているんだ。去年も誘われたんだけど、ウンヒは出向したばかりで大変そうだったし・・」
「8月ですね。詳しい日程が分かったら、教えてください。希望を出してみます。でも・・私・・行っていいんですか?」
「大丈夫。大きな別荘だから、ウンヒの泊まる所くらいあるよ」
「そうじゃなくて..高校の同級生が集まるんですよね?」
「気にしなくていいよ。放送部って言ったって、ジュンサンとユジン、それにヨンゴクは知っているだろ?あとは、ヨンゴクの奥さんのジンスクとチェリンの、二人が来るだけだから。あっ、子供達もいるけどね。僕も、みんなに彼女を自慢したかったりして(笑)」
「あっ、前に聞いた事のある、ファッションデザイナーのオ・チェリン先生もお仲間なんですか?」
「ああ。ウンヒ、知ってるの?」
「知ってます!この前取材させてもらったんです。先輩のアシスタントで付いて行っただけですけど、綺麗な方ですよね・・サンヒョクさんに相談すれば、もっとすんなりオファを受けて貰えたかもしれないですね。なんだぁ〜」
「へぇ〜。ウンヒが取材ねぇ。時々うちの局にも衣装協力で来ていたけど・・そう言えば今年に入ってからはチェリン自身が来た事はなかったな」
「私が取材させて頂いたのは春先だったんですけど、とってもお忙しい方みたいですね。私、オ・チェリン先生のブティックで1度だけお買い物した事があるんです!!」
「そうなんだ。僕、見たことある?」
「ないかも・・だって、オ・チェリン先生の服はとっておきの日に着るドレスなんだもの・・ドレスで行くような所、サンヒョクさんとなかなか行かないじゃないですか」
「よし! 今度はドレスで行くような所へ行く計画を立てるか!その時は着て来いよ。」
「はい!」

また沈黙が訪れる・・

「ウンヒ、話、なんかない?」
「え〜っと。 あっ、そう言えば、うちの父が今度サンヒョクさんを連れて来なさいって、言っていました。」
「そうか・・この前はおねえさん夫婦に会ったんだよな。そういえば、ご実家にはまだ伺った事がなかったな。どんな感じなのかな・・」
「私、父にも母にも、サンヒョクさん、すっごく素敵な人って宣伝してありますから」
「ウンヒのお母さん。僕の第一印象悪そうだからな・・」
「そんな事は・・」
「あるだろ?」
「あるかも・・知れません。でもあの時はちゃんと誤解だって言ってあります」
「そう、じゃ、近いうちに伺うよ」
「はい!」

ウンヒの自宅前に着いた。
「今日は、すぐに眠るんだぞ!」
「わかってます!あの・・今日は・・すみませんでした」
「いいよ。・・じゃ、おやすみ」
ウンヒは、2〜3歩歩き、振り返り、手を振り、また少し歩いては振り返る。
「サンヒョクさん」
「なに?」
ウンヒはサンヒョクの元へ駆け寄ると、サンヒョクの首に手を回し、背伸びをするようにキスをした。
「おやすみなさい!」
ウンヒは今度は振り向かないで走って行き、扉の向こうに消えた。

サンヒョクは、自宅へ向けて、再びハンドルを切った。



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                              「冬のソナタの人達」 UP 2004/07/08




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