宴の後 〜サンヒョクとチェリン〜
                                            by ming


<プロローグ>

「チェリン、どうもありがとう」
「・・・どういたしまして。ジュンサン、しあわせになってね・・」
自分でも声が震えているのがわかった。

・・・こんなはずじゃないわ

廊下に出ると、すぐにサンヒョクが後を追ってきた。
「じゃ、チェリン。会場に入ってようか」
「ええ」


********************************


今日はカン.ジュンサンとチョン・ユジンの結婚式があった。
帰り道、サンヒョクとチェリンはお互い一言も言葉を交わさなかった。
「ねえ、飲んでいかない?」
「祝杯をあげよう!」
2人が声にしたのはほとんど同時だった。

なじみのBarでグラスに注がれたウイスキーを傾けながらチェリンが言った。

「しばらく、フランスに行こうと思うの・・・」
「・・・・よせ」
「えっ?」
「フランスは・・やめた方がいい。他のどこでもいい、でもフランスはよすんだ」
「どうしてよ、キム・サンヒョク」
「フランス」
「わかってるわよ、言われなくたってわかってる・・ そっちこそ、なによ、その暗い顔は」
「なっ!! ・・・本当だよな」
「サンヒョクにはお見通しね。フランスは・・辛いわ。あそこにはミニョンさんがいたのよ。
私の恋人のミニョンさんが・・・・ 偉そうな口利かないでよ。大体、祝杯って何よ?」
「祝杯だよ」

サンヒョクは、自分のグラスをチェリンのグラスに軽く当てた。

「乾杯」 
「だから、何であんたと乾杯しなきゃならないのよ」
「チェリン以外の誰と乾杯できるんだよ?」
「そうね、・・・かんぱい・・」
「俺達の、純粋だった気持ちに乾杯。・・そして、さよならだ」


グラスの中の氷の音がやけに大きく聞こえる。
静かに流れる時間のなかで、まずサンヒョクが口を開いた。


「綺麗だったな」
「ええ。まあ、当たり前よ。なんて言ってもドレスは今をときめくオ・チェリン先生の作品
ですからね」
「はいはい・・・その自信こそ オ・チェリンだ」

「あの、笑顔・・・僕には一生かかっても引き出せないものだったんだな。何で、
そんな簡単なこと認めるのにこんなに時間が掛かったんだろう。
あの時、僕がユジンに本当のことを打ち明けていたら、ジュンサンは2度目の事故に
あわずに済んだ。そうしたら目だって・・・」

「やめてよ! もし・・なんてないのよ。全て運命。決まった事だったんだから。
サンヒョク、自分を責めるのはやめて。
そんなこと言ったら、私なんてユジンにすっごい意地悪したのよ。
ミニョンさんと仕事をするって知って、もう、ある事ない事ミニョンさんに吹き込んで、
まぁ結局全部バレちゃったけど・・嫌な女やっちゃったわ」

「でも、後悔してないだろ?」

「あの時は、ああする以外ないって思った。夢中だった。
ミニョンさんの関心がユジンに向いているって感じたから。 
ミニョンさんを盗られたくなかった・・・」

「チェリンはいいよ。一度はミニョンさんに一番に愛されたんだ」

「一番ね・・・ ね、サンヒョクから見てイ.ミニョンの第一印象ってどんなだった?」

「そうだね、揺らぎない自信の持ち主。誰からも愛されることが当然というような笑顔。
仕事でも、私生活でも上手く行かない事なんてないんだろうな、こいつは。
って感じだったな。何で?」

「でしょう? 私がはじめて逢った時の彼もそうだった。
だから、はじめこそチュンサンと瓜二つ顔に言葉を失って見惚れたけど、
すぐ、チュンサンではなくミニョンさんに魅かれていったわ・・ 
私が好きになったのは影が全くなかったイ・ミニョンなのよね。
でもね、ユジンに出会って、彼は影を持ったの。
それがまた彼を人間としてひと回りもふた回りも深くしたんだと思うの。
魅力的な男にね。
それまで氷のような鉄壁な仕事しかしなかった人 
他人のミスをひとつも許せなかった男が始めて人間らしい温かみを持ったのよ。
人を愛することで変わった気がするの。 
だからユジンが恐かった」

チェリンはグラスを見つめながら軽くため息をついた。

「ねっ、サンヒョク それでも、私は一度はミニョンさんに愛されたのかしら・・・」

「愛されたよ」

「そうね、確かに愛されたかも。でも、深さが全く違うのよ、
私に向けられた愛とユジンに向けられたものでは。 
ミニョンさんとユジンに近づくのが恐かった。
それでも不思議ね、2人が運命としか言いようのないものに導かれて再び出逢い、
再び愛し合うのになんの疑問も持たなかったわ。
ただ、認めたくなかったのよ。私じゃないって事を。
 あ〜言ってる事がメチャクチャだわ」

「メチャクチャでいいんだ」


「サンヒョク、あなたは? あなたは大丈夫なの?」

「もちろん、大丈夫だよ。考えるとおかしいんだ。
・・物心ついた時にはすでにユジンが隣りにいたんだ。
小さい時のユジンは、ちょっと自分の方が誕生日が先だからってお姉さんぶって。 
・・高校3年生の冬、あの事故の後からだね。立場がはっきり逆転したのは。
ユジンは、心から笑わなくなった 心を開かなくなった。
それでも、ユジンがそばに居て欲しいのは僕じゃないってわかっていても、
僕がそばに居たかったんだ。 おかしいだろ? バカだろ??」

「バカね」

「あぁ、そうだよ」

二人は、目が合い、くすっと笑った。


「キム・サンヒョク、今日の君は偉かった」

 チェリンはそう言うとサンヒョクの頭をなでた。まるで母親がいい事をした子どもを誉めるように。

「何だよ、急に。僕は子供扱いか」

 そう言いながら、サンヒョクも、チェリンの頭をなでた。

「オ・チェリン、今日の君は偉かった」

 ふと、涙目になったチェリンは、それを悟られないようにまたグラスに視線を落とした。


「ね、自分たちの気持ちにさよならだって言ったけど、今日、完全にさよならしないといけないの?」

「そんなのできる訳ないだろ? 少しずつでいいんだ。少しずつ、少しずつ・・・さよならできた度に僕はチェリンの頭をなでてあげるよ」

「ふっ・・・そうね、そうしてね。きっと、そうして」

「チェリン、幸せになれよ。誰よりも、絶対に幸せになれ」

「サンヒョク、あなたもね。その資格があるんだからね」

「また、酒、飲もうな」

「何、その誘い方。まるで、男友達に言うみたいに言わないでよ。
これでも、引く手あまたのオ・チェリンなのよ。
こうしてお酒が飲めるなんて、あなたは光栄なんだからね」

「はいはい、そうでした」

「でも、しばらくは、飲めないわ。しばらく、韓国を離れる」

「チェリン!!」 

「わかってる。 でも、フランスには行って来るわ・・ちゃんと決別して来なきゃ。
ちょうど仕事も切れ目がいいから、ちょっとリ・フレッシュ。
ついででもないけど、いろんな所を見てくるわ。ヨーロッパはフランスだけじゃないのよ。
貪欲にいろんなものを吸収してくる。・・そうして、休養を取った後は、またここへ戻ってくるわ。その時はまた飲んでね。
 ・・そうね、その時までにあなたの左薬指の指輪も消えてるといいけど」

「マイッタナ…」

「チュンサン、目が見えない分、敏感よ。知ってるんでしょ? あなたの指輪」

「・・・知ってる。自然にはずせる時までそのままでいいって言ってくれたんだ」

「自然にはずせる時が来るわ・・・ だってあなた充分にいい男よ。このオ.チェリンが保障してあげる」

「ありがと。でも、チェリンに誉められるのは後がコワイな」

「まったく・・・ありがたく聞いておきなさい!」

「で、何時、発つの?」

「来週の月曜日」

「チェリンの旅立ちに乾杯!」

「乾杯! ありがとう、サンヒョク」

「ありがとう、チェリン」



その後は、たわいもない話をした。
サンヒョクの担当しているラジオ番組のDJが交代した事。
チェリンのブティックが支店を展開する予定がある事。


よく笑い、よく飲んだ。 楽しい時間だった。


「じゃあ・・」

「ウン、じゃあ。送ろうか?」

「いいわよ。あなたは私の彼氏じゃないんだから。一人で帰る。」

「俺たち・・・」

「同志ね」

「ああ、そうだ。同志だ。じゃあ・・・がんばれよ」

「あなたも・・・」

そうして2人は、別々の方向へと歩いていった。



帰りの道すがらサンヒョクは思った。
『もし』はないと言っていたが、もし・・相手がチェリンだったら自分の人生はどうなっていたんだろう・・・、と。


チェリンも考えていた。こんなに自分を理解できる男は他にはいるのだろうか・・・ かと言って人性のパートナーになりえるのか・・・。


そして、諮らずも2人は同じ頃、お腹の底から笑っていた。


“ありえない”


お互いを理解できるからこそ同志になりえても、だからと言って人生のパートナーになる事は難しい。
きっと、何時の日かお互いのパートナーとなった相手が嫉妬することだろう・・・何で、この2人は、こんなにお互いの事を分かり合っているんだろうと。


考えれば考えるほどおかしくなり笑い転げた。
周りの人に不審がられているのも知らずに・・・


                                                 おわり




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