[魔法の手・・4文字の秘密] 花屋の思い出
 




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ポケットの有り金をすべて机の上に載せた。
紙幣など1枚もない

素早く横目で硬貨を数えた店主が呆れたようにため息をついた。

店主はガラスショーケースから離れると、机の足元の水色のバケツから丈の短い売り物にならないごちゃ混ぜの花々を取り出した。

赤・黄・紫・白・緑・・・・

どう好意的に見たってあり合わせにしか見えない花々、飛び込んだ先が悪かったのか。僕は自分の持ち金の少なさを棚に上げ眉をひそめた。

まさに高嶺の花のガラスケースに顔を近づけ、深紅のバラの値段に密かに吐息をはいた。

僕は店主の手元を見つめる勇気などなく、狭い店内に目を巡らし途方に暮れたかのように佇んでいた。

シュルシュルとリボンの巻き取る音とガチャッとハサミを置く音にビクッと僕の肩は持ち上がった。

「どうぞ」

愛想のない声に僕は振り返る。

これはさっき、バケツの中で肩身の狭い仕草で押し込まれて花たちなんだろうか。
僕はまるで夢を見ているように、店主の差し出した可憐なブーケを手にした。

「花は捨てるところだったらお代は要らないよ。でもレース模様の紙とリボンの代金は頂くよ」

店主は僕が差し出した小銭から数個取ると、残りを僕の手に載せた。


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むせかえるような花に囲まれ、手には大きな花束を抱え僕はローソクを吹き消した。

「今年も一緒に誕生日を祝えて嬉しいよ」
「お誕生日おめでとう」
口々にお祝いの声を僕に掛けてくる。
僕は満面の笑みを浮かべて感謝の言葉とお礼とを繰り返す、そう・・・・クリカエス。


日付が変わる頃、僕はひとりドアにキーを差し込んで廻す。
音もなく灯りのない部屋が僕を迎えた。

ひとりぼっち


さっきまで身を置いていた喧噪が欲しいわけではない。
掛けられた言葉が煩わしいわけでもない。
満たされているはずの僕の心が悲鳴を上げる。


いや、満たされているのは心なんかじゃない・・・・・・・・・。

何かを僕は忘れてきた・・・・・・・何だろう・・・・。



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信号で車が停まった。
横断歩道の先の細い路地で、真っ赤な顔をした若者が何度も振り返り店先の男に頭を下げていた。
ぼんやりと見ていた僕の目に白いワイシャツと黒いエプロン姿の店主が飛び込んだ。

そして横断歩道を渡ろうとした若者が赤信号でとまった。



僕の車が若者の前を静かに動き出した。
横断歩道を横切るとき、僕は可憐な花束に見とれている若者を見、流れゆく風景を追い求めるかのように振り返った。

車の後ろで幸せそうな顔の若者が横切った。
若者は微かに僕の車を目で追って羨ましそうな顔をした。でもその顔は目の前にある幸せに戻され微笑んだ。


僕は正面に向き直った。若者が行くだろう心躍る未来の風景と過ぎ去った僕の過去の風景が何も写していない僕の目で交差した。




さっきの白いワイシャツと黒いエプロン姿の店主は僕が昔飛び込んだ花屋だったのだろうか。
あれから何年・・・・。
あの日、彼の手が触れると花々は精気を蘇らせ、凛としながら可憐に微笑んだ。
消えたくなりそうな恥ずかしさの中で、僕は彼の指先に時折視線を走らせていた。

僕は誰のために花を買ったんだろう。

あるはずもないズボンのポケットの小銭を僕の指が彷徨った。




僕が今手にする幸せ、その手からこぼれ落ちたもの・・・・・・・・
僕は振り返りはしない。
ただ、ただ・・・・・・・・
今日はあの灯りのない部屋には戻りたくはない。

帰ろう・・・・・・・・
そう思った瞬間
ああ・・・・そうだった。


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ー・・・・・僕の誕生日なので母に感謝の花束を作ってください・・・・ー
ー予算はー
ー・・・・・これしかないんです・・・ー


花を受け取ったとき母さんの下瞼が脹らんだ。
「・・・ありがとう・・・・・・嬉しいわ。可愛い花ね」
僕の心は喜びに満ちていた。


・・・・・帰ろう・・・あの日のように・・・・・



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いかがでしたでしょうか。
想像の翼が大きく広がることを祈って。



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