[俺と・・2文字の秘密] ノーゼンカズラの思い出
花言葉:
栄光・名誉・華のある人生
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ベンチプレスを繰り返す端正な横顔が苦痛に歪む。
ー 放っておくと何時間でも続けそうだな ー
「ちょっと休みましょう」
そいつは、休むことが罪なようにわずかに眉間を寄せた。
ー 弛緩させることも筋肉には必要ですよ ー
「ああ・・・そうだったな」
タオルをパサッと顔において大きく息を吸い込んで呼吸を整えた。
ー 相当に訓練をしているな ー
昨日のことだった。
アルバイトが終わって帰ろうとしたとき、支配人に声を掛けられた。
「明日もバイトだったよな、終わってから特別に貸し切りがあるんだ悪いがやってくれないか」
「いいっすよ、貸し切りですか。何人で入るんですか」
「1人だ」
「ひとり・・・・・・・・・・」
営業が終わりすっかり人気のなくなったジムに俺と支配人だけが残った。
「あれ?支配人とふたりだけですか」
「悪いな、最小限の人数でという希望なんだ」
玄関に車が止まり男がひとり降り立った。
運転席に一言二言声を掛けると車はそのまま去っていった。
黒のウォームアップシャツとパンツそして帽子を目深に被った背の高い男が入ってきた。
ー 確かこの男・・・ ー
「無理を言ってすみません」
そいつは几帳面に帽子を取り頭を下げた。
長く伸びた髪を軽く結わえ眼鏡を掛けていない無精ひげっぽい顔は、アウトローそのものだった。
俺の頭の中にお袋の顔が浮かんだ。
「彼がトレーニングルームのサポートをします」
支配人は俺をそいつの前に押し出した。
「こんばんは、さっそく始めますか」
「ハイお願いします」
年下の俺に丁寧なお辞儀をした。
俺も慌ててお辞儀を返していた。
自分のペースというものを持っている男だった。
どの器具にも慣れていて見ていて不安はなかった。
初めはそいつが指定するマシーンを微調整し、見守るだけでよかった。
だが進むにつれオーバーワークするそいつを止めるのに俺は躍起になった。
どうにかペース配分をしてそいつのトレーニングを掌握し、ストレッチで筋肉をなだめる頃には予定の時間を遥かに超えていた。
「そこに横になって下さい、始めに飛ばしすぎた分負担が大きいようですので軽くマッサージをしておきます」
俺のことばに素直に従いそいつはバスタオルの上に俯せになった。
バイトとはいえ筋肉の強張りが運動のし過ぎか、神経の使いすぎによるものか位は多少なりにわかっている。
一通りざっとマッサージをしてから、そいつを仰向けにして両手を額に当て当てて声を掛けた。
「大きく息を胸に入れて下さい・・・・そして身体の全てから息を吐き出して・・・・・もう一度・・・・・・・いっぱい!いっぱい吸って・・・・そして長くフゥーと吐き出して・・・・・・ゆっくり起きてくださいね、少しはストレスが抜けましたか・・・」
そいつは目を大きく見開いて俺を不思議そうに見た。
「・・・・ストレス?」
「みんな少なからず持ってますよ」
途中に脱ぎ捨てたウォームアップシャツを羽織りながらそいつは頭を振った。
「・・・・・・まいったな・・・・」
その言葉に俺は親指を突き上げニヤリとしたかった。
玄関に車が付けられた、そいつはまた丁寧にお辞儀をし、俺に軽く手を挙げて車中に消えた。
それからそいつはしばしば現れた。
そいつは元々大人しいのか、大きな声も出さずお喋りでもなかった。
ある日
「君のことを支配人のように名前で呼んでもいいか」
「いいっすよ、俺もいいっすか・・・・ヒョンって呼んで・・・・」
互いにニヤリとしてハイタッチしていた。
ある夜、そいつを送り出してから俺は少し遅れて帰ろうと外に出た。
見送ったはずの車がそこにあった。
「あれ!帰ったんじゃないんですか」
「君に渡すものがあって待っていたんだ、ところでこの花はすごいななんて言うんだ」
オレンジ色の花がビルの壁面にライトアップされ浮き上がっていた。
「ノーゼンカズラ」
「・・・ノーゼンカズラ・・・・か、詳しいな」
「見かけに寄らないって、だろ?俺って結構見かけに寄らないんですよ」
「なんだそれ!」
そいつはククククと笑い出した。
何がそんなに可笑しいのかとうとう腹を抱えて笑っている。
その明るい笑い声に思わず俺も笑い出した。
薄明かりの駐車場で男がふたり声を出して笑っていた。
「ああそうそうこれを君にと思って」
そいつは紙袋を差し出した。
中にはそいつとお揃いのウォームアップシャツとパンツだった。
「いつもありがとう、楽しかったよ」
「貰っていいんですか、だってバイト代だって頂いてるんですよ」
「僕は君のヒョンだからね・・・それにしばらくはここに来られないと思うんだ」
「ありがとうございます・・・ヒョン・・・。ところで意外なところでノーゼンカズラの花言葉って知ってます?」
「まさか君が知ってるなんて言わないよね・・・そうか見かけに寄らないんだったな」
「栄光・名誉・華のある人生だそうですよ」
「・・・・・そんなものは欲しいとは思わないがな・・・・」
「あぁ!ヒョンもう一つありました・・・・女性だそうです」
そいつ、そうヒョンの口元が綻んだ。
お互いの掌をパチンと叩き、車に乗り込む背中を俺は見送った。
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いかがでしたでしょうか。
想像の翼が大きく広がることを祈って。
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