[日本滞在・・4文字の秘密] 夏の思い出
 

ここの朝は靄に包まれ神秘的な雰囲気を醸し出す。

夏休みに入った次の日、わたしは母とふたりここに来ていた。
父はいつも忙しく7月の初めに2カ月の予定で中国へ出張している。
だからといって父と母は決して仲が悪いわけではない。
娘のわたしが言うのも変だが、あのふたり一緒にいるときはまるで恋人同士のようだ。
両親の仲が良いということは歓迎すべきことなんだろうが、ああも甘い言葉を囁き合っているのを目の当たりにするのも年頃のわたしにとっては少々癪に障る。
母が口癖のように「彼とはね、神が定めた運命なのよ」と、
父は「彼女以外僕には考えられないよ」って。
そんな言葉を聞かされ続けた娘はどんな風に育つというの。白馬に乗った王子さまを待てばいいの。

この別荘地は隣の人と顔を遇わせることのないほど広々としている。
夜になると虫と梟の鳴き声より聞こえない。
まるで地球上にひとりぼっちで取り残されたようだ。
そんな静けさと暗闇をわたしは気に入っていた。

ある日の昼、爽やかな風と共にテニスボールの弾む音に気付いた。
ー確かお隣にテニスコートがあったわー
わたしは本を閉じるとお隣に繋がる小道に足を踏み入れた。
幼いころよくこの道を通ってテニスコートのフェンスまで行ってたことを思いだしながら。
森を抜け明るい日差しに目を細めたとき、
「こんにちは」
出し抜けに声を掛けられ驚いた。
眩しさとテニスコートに気を取られていたので、
フェンスの此方側に椅子を置き、本を読んでいた彼に気付かずぶつかるところだったようだ。
彼は危うくさらに1歩踏み出したわたしを支えた。
「大丈夫ですか」
彼の声がわたしの頭の上に聞こえた。
わたしは女の子としては背の高い方でいつもそれを引け目に感じていた。
でも今わたしの前に立っている彼はダイナミックな魅力に溢れていた。
ー白馬に乗った王子ー
わたしは自分を戒めるように首を振った。
ーそんなことはあるわけないわー
「ごめんなさい」
わたしは元来た道を引き返した。

あくる朝いつより早く目覚めたわたしは、濃い靄に誘われるように外に出ていた。
道に佇んで靄に包まれた自分の家を眺めいていた。
ーママのように絵が描けたらいいのにー
少しずつ朝日が差し靄が融けだしていく。
わたしの目の端に白い姿を捉えたが、その瞬間わたしは気を失っていた。
見覚えのある天井が目に飛び込んだ。
ー夢でも見ていたのだろうかー
「気が付いた、大丈夫なの」母の声が聞こえた。
「あなたジョギングしていた人とぶつかったのよ」

階下で母の声がする。
「・・・・・・大丈夫ですよ、・・・・お気になさらないで・・・・」
ドアがノックされ黄色の薔薇が目に飛び込んだ。
「ご免なさいね、大丈夫ですか。これをどうぞ」
まるで花嫁が持つような素敵なブーケを差し出された。
「・・・・ありがとうございます・・」
「僕が君にぶつかったんだよ、覚えてる?」
彼は少し辿々しい日本語をゆっくり話した。
「・・ええ・・・たぶん・・・」わたしはしどろもどろになっていた。
そんなわたしに彼はにっこり微笑んだ。
その日1日心配性の母にベットにいることを命じられた。
わたしはベット横の黄薔薇の香りに包まれ眠った。

次の朝、わたしは窓の外を見ていた、思ったとおり彼のジョギング姿をみつけた。
彼はわたしの家の前で立ち止まり、わたしを2階の窓に見付け、あの笑顔で手を振った。
わたしもうれしくなり笑いながら手を振っていた。

母がたくさんのクッキーを焼き、お隣に持っていってと、大きな箱に入れリボンを掛けた。
「ママ、こんなにたくさん悪いわよ」
「あら、お若い方が10人くらいいらっしゃるんですってよ」
「・・・ふ〜んーそうなんだ」

チャイムを押した。
ドアの向こうで女の人の声がした。
「は〜い」
「昨日はありがとうございました、あのこれ・・」
「ちょっと待ってくださいね・・・・・オッパ・・・」
あの笑顔の彼が出てきた。
「もう大丈夫ですか」
「はい、ごめんなさい。これを皆さんでどうぞ・・・あの母が焼いたんです・・」
「今、勉強中なので後でまたテニスコートの横に来ませんか、え〜と3時頃に」

その日から毎日わたしは彼とお話をした。
どんなお話かって?
それは秘密・・・・・・。

彼の名前もわたしは知らない、だってずっと
ーオッパー
って呼んでたから。

ある朝、ジョギングする彼を待ってたらベントレーが音もなく近づき、リアシートのドアが開き彼がこう言った。
「ありがとう、楽しい夏をもらったよ。」そして小声でこうささやいた。
ー僕からのお別れの挨拶を受けてくれるかいー
わたしは何故が胸の動悸が激しくなるのを覚えた。
コックリ頷いたわたしを彼はゆっくり抱きしめ、おでこに軽いキスをした。
「お別れだね、さようなら・・・・千絵」

ベントレーが走り去った。
今日の太陽が靄を拭い去っていった。

これから先、父と母が恋人同士のように甘い言葉を囁き合っても、わたしはにこやかに見てることができるかも知れない、
なぜならそんな素敵な出会いがあるってことがわたしにもわかったから。

楽しい夏の思い出はわたしの中にもあるのよ、オッパ。

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いかがでしたでしょうか。
想像の翼が大きく広がることを祈って。




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