9 <父の来訪>


僕は一人でソウル近郊の別荘に向かった。
部屋に入っていくと声が聞こえてきた。
「ミニョン。ここへ来ると思っていたよ」
「父さん。ソウルまで来てくれたんですか?」

それは、イミニョンという名前で今まで僕を育ててくれた父さん。
とくに失明してから、公私にわたって、心配し、助言をくれ、力になってくれた人。
きっと血縁の父さんより、もっと素直に『父さん』と呼べる人。

「ユジンさんは大丈夫だったのかい?」
「ええ。父さん、心配かけてすみませんでした」
「記憶が戻った事は随分前に聞かされていたが、ユジンさんの事は、今回はじめて母さんから聞いたよ・・」
「父さん、僕、ユジンと結婚したいんだ」
「・・そうか。今度ここに連れて来なさい」
「ええ、明日にでも連れて来ます。是非会って下さい。僕の選んだ人です。」
「楽しみにしているよ。ところで先方にはお許しを貰ったのか?」
「・・はい。許して頂きました」
「そうか・・結婚したらこちらに住むつもりか?」
「はい」
「以前に暮らしていたマンションに住んだらどうなんだ?」
「いいえ。そこまで甘えてばかりでは・・」
「・・・もう、父さんには甘えてくれないか?」
「そんな意味じゃありません」
「名前はこれからどうするんだ?」
「父さん。僕は会社に残ってもいいでしょうか?」
「・・と言う事は、カン・ジュンサンに戻りたいという事か・・」
「はい。そうしたいと思っています」

僕は、ユジンと会ったあの時のカンジュンサンに戻りたかった。

父は、少しの間、黙って考えているようだった。
父にとって僕は一人息子だった。
父が望んだわけではないかもしれないが・・

「お前がそうしたいなら・・」
「ありがとうございます」
僕が立ち上がると父に呼び止められた。

「ミニョン」
「はい・・」
「お前は、いつまでも、私の息子だからな」
「父さん。・・これまでと何も変わりません」

父は僕を本当の息子だと思って育ててくれた、そう実感した。
父は母と一緒になって、母を幸せにしてくれた。
これからも母と幸せであって欲しい。

「ミニョン。お前はイミニョンとしてこの業界での蓄積がある。父の願いだ。ワークネームでいい。イ・ミニョンの名を残してくれ」
「・・・ありがとうございます」
「マルシアン行きの辞令を出せばいいか?」
「ありがとう。父さん」
「・・さあ、今回は仕事だけじゃなく、一緒に遊びにも行けるといいんだが・・」
「・・そうですね」

父は今の僕の心を一番理解してくれる、そんな気がした。



翌日、ジュンサンはユジンのアパートを訪ねた。
「ユジン、体、大丈夫?」 
「もう平気よ。良くなったから退院したんじゃない。ジョンアさんが後3日間は自宅静養でいいってお休みをくれたの」
「自宅静養かぁ・・うちの別荘くらいは行かれそう?」
「なに?」
「今、父さんがソウルに来ているから会って欲しいんだ」
「お父さん?」
「そう・・イミニョンの方のネ」
「イ会長?!」
「怖い?」
「怖くなんかないわ。あなたを育てた人なんだもの」
「そう? 結構、怖い人だよ(笑)」
「もうっ。おどかさないでよ」
「僕の未来の奥さんを紹介したいんだ」
「ジュンサン、ちょっと待っていて、今、着替えてくるから」
「えっ、ユジン、パジャマだったの?」

「ちがうわよ。お気に入りの服にするの!」
「何でもいいよ・・」
「何でも?」
「・・なんでも良く似合うって言う意味!」
「だって・・好印象持ってもらいたいじゃない」
「ハイハイ。お待ちしています(笑)」

僕は父にユジンを紹介出来る事に、遠足の前のようなウキウキした気分がしていた。
ユジンはきっと、ドキドキしているに違いない。

タクシーの中、ユジンは緊張している為か無口になった。

別荘に戻ると玄関にキム次長が出て来た。
「先輩が何でここにいるんです?」
「ソウルに来ているなら一言掛けてくれればいいのに・・ホント水臭いなぁ。今日はイ会長に呼ばれましてね。飛んで来たんですよ。ユジンさんの事、父君に話したんですね。ユジンさんの事、色々聞かれましたよ。」
「私の事?」
「そうですよ。何せ、大事な後継者の奥方候補ですからね」
「先輩。候補はいらないですよ。あと。後を継ぐ気もないですから!」
「あー。そうですか。続きは会長とお話下さい。お待ちですよ。ユジンさん、リラックスしてね。」

部屋に入ると、父が先に声を掛けてきた。
「ようこそ。退院なさったばかりにお呼び立てして・・お加減はどうですか?」
「ありがとうございます。もう大丈夫です。・・あの、はじめまして、チョン・ユジンです。」
「はじめまして。取りあえずお掛け下さい。そんなに緊張しなくてもいいですよ」
父がどんな表情なのかとても気になった。
「ミニョン。お前は席を外せ。ユジンさんと二人で話がある」
「父さん!」
「お前はキム次長と今後の打ち合わせでもしていなさい。キム次長にも無理言って来てもらっているのだから。 お前の大切な人をいじめたりしないから、安心しろ。さあ、行った行った」

僕はとても心残りだったが部屋を後にした。
父はユジンと何を話す気なのだろう・・

「ユジンさん。ミニョンと結婚してくれるそうだが、ユジンさんは・・それでいいのかね?」
「私はジュンサン・・ミニョンさんを愛しています」
「君の事はミヒからも、キム次長からも聴かしてもらったよ。息子を愛してくれて、ありがとう・・ミニョンは頑固な所がある。でも優しい子だ。・・末永くよろしく頼むよ・・」
「・・こちらこそ・・よろしくお願いします」
「やっと。私にも娘が出来たか。息子もいいが、娘を持つのも夢だったんだ・・」
「お父様」
「・・・いい響きだね。もう一度呼んでくれるかい?」
「お父様」
「これからはユジンと呼んでもいいかね?ミヒも、この結婚にも大賛成だと言っていたよ。それと4年前の事とても悔やんでいた。許してやってくれるかね?」
「はい。・・ありがとうございます」
その後も、会話は途絶えることもなく、穏やかな時間が過ぎた。

ユジンが部屋から出て来ると、僕とキム次長は駆け寄った。
「なに話したの?」
僕が心配して聞くとユジンは明るい声で答えた。
「ひ、み、つ」
「は?心配して聞いているのに・・」
「・・そうね。 私たちの結婚お許しくださったわ。ジュンサンは何を心配していたの?」
「何って・・」
「理事!ユジンさん、父君も味方に付けたみたいですね」
「えぇ?」
ユジンも、僕も、キム次長も、声を立てて笑った



その夜、ビルに電話をした。
「おお、ミニョンか。彼女は元気になったのか?いつ帰って来るんだ?」
「ビル、本当に結婚する事になったんだ」
「そうか。おめでとう。ちょっと待てよ? もしかしてこっちに帰らないつもりか?」
「ゴメン。勝手ばかり言って」
「いまさら、謝るなよ・・で?俺はそっちに、マルシアンに転勤になる運命なのか?」
「ビルのしたいようでいいよ。無理は言えない・・」
「いつも無理ばっかり言っているくせに・・考えてみるよ」
「すまない」
「・・あーあ。・・ミニョンの仕事も好きだし・・お前も俺が必要だろ?」

ビルはエイミーにこの事を知らせた。知らせたがたいそう立腹の様子だった。
「何で、私があなたから聞くことになるのよ!ユジンに文句言ってやらなきゃ!」



僕たちは、本格的な、結婚準備に入った。



結婚式の衣装を用意することなり、ユジンと二人でチェリンの店に向かった。
「やっと来たわね。待っていたわよ。もう待ちくたびれちゃったわ・・」
「・・チェリン、ありがとう」

チェリンは僕の採寸をしながら言った。
「ちょっと、ユジン! ジュンサン、すごく痩せちゃっているわよ!どうしちゃったのよ?これは夕飯ご馳走しなくちゃ。栄養付けた方がいいわ。何食べたい?美味しいものがいいわよね?」
僕は芝居がかって言った。
「チェリン社長。採寸が済み次第、お夕食の招待がありますが?」
「フフ。そうね。それじゃあ、夕ご飯はジュンサンにおごってもらうわ」

そう。チェリンに夕飯くらいご馳走しなくては・・
ユジンに、世界で一番美しいウェディングドレスを用意してもらうために。

楽しい夕食のひと時、僕は久しぶりに気持ちが弾んだ。

チェリンが帰った後、僕はユジンに呼びかけた。
「ユジン・・」
「うん?」
「ユジン」
「なによ」
「チョン・ユジン」
「どうしたの?」
「・・呼びたくて・・」

ユジン!本当に呼びたかったんだ。
本当に呼びたかった。思う存分君の名前を。

一生、君の名前を呼んで暮らせるんだね
いつまでも・・いつまでも・・二人を死が別つまで・・




冬のソナタ To the Future 2005 Copyright©. All Rights. Reserved
当サイトのコンテンツを無断で転載・掲載する事は禁じています