6 <ソウルへ>


ユジンがソウルに立って、まもなく、僕もソウル行きの飛行機の搭乗者になっていた。
そう、気分は叱られに行く子供の気分・・ 心の中は不安と戸惑いでいっぱいだった。


ジンスクから電話が入った。
「ジュンサン、突然なんだけど・・」
「ジンスク?久しぶり。君から電話なんて珍しいね」
「その感じだと、知らないのね?ユジンが入院したって事」
「入院?何があったの? ユジンどうかしたの?」
「ジュンサンさんと結婚するって喜んでいたのに・・こういうことも教えないなんて」
「ジンスク! きちんと教えて!」
「ユジン、肺炎だって。・・熱が下がらないの。ここ数日面会謝絶だったんだから!」」


ジンスクからの電話が切れた後、詳しい状況を知りたくてサンヒョクに連絡を取った。
「もしもし、サンヒョク?」
「あっ、ジュンサン・・」
「ユジンが入院したってどういう事? 詳しくわかる?」
「う・・ん」
「教えてくれ」
「ユジン、急性肺炎らしい。もう入院して8日かな・・今は、酸素吸入と抗生剤の点滴をしているよ。意識はしっかりしているけれど、かなり苦しそうかな・・。僕も、長く病室に居たわけじゃないけど・・。ユジン、雨の中、一晩中現場に出ていたらしい・・」
「どうして・・すぐ連絡してくれれば・・」
「ユジンが、君には伝えるなって、言い張ってて・・医師も命には別状ないって言っていたし・・あまり心配するな。僕も付いているから」
「サンヒョク、僕、すぐにソウルに向かうよ。助けてほしいんだ」
「・・ああ。わかった。・・ユジンも心の底じゃあジュンサンに会いたがっているはずだから。ゴメン・・君の味方って言ったのに、黙っていて・・」
「・・いいよ。今教えてくれたから」


僕の心は落ち着かなかった。  
ユジンが心配でたまらない。ユジン・・ユジン大丈夫なのか?



物入れの前で、旅行カバンを探していたらエイミーがやって来た。
「ミニョンさん?何してるんです?」
「あっ、今からソウルに行こうと思って」
「ソウル? ユジンさんに会いに?この前会ったばかりでしょ?一度逢ってしまったら我慢できなくなったんですか?(笑)」
「そうじゃない」
「えっ?」
「ユジン、入院してるって。病気なんだって・・今電話があったんだ。すぐに行かなくちゃ・・」
「ユジンが?病気?」
僕がうなずくとエイミーは口調が変わった。
「そこ、退いて下さい。トランクでしょ?私と一緒にトランク詰めましょう。二人でやった方が早いわ!飛行機のチケット、手配します?会社は?連絡しました?」
動揺していた僕に次々に質問したり、指示したりしてくれた。
自分がユジンに会いに行くということは、多くの手助けが必要だったことに改めて気付かされた。


僕は自分を不甲斐なく感じ、情けなかった。
何かあると、このざまだ・・


エイミーは手を動かしながら言った。
「ミニョンさん。そんなに暗い顔しないの。ユジンは大丈夫です。ユジンは強いんだから・・ユジンはあなたが入院してる時、気がへんになりそうなくらい心配したって言っていたわよ。きっと、今のあなたと同じ気持ちだったはず。遠くで心配するのがどれだけ大変か分かっただけでも、あなたにとっては良かったんじゃないかしら・・さあ、悪い方へは考えないで!ユジン、あなたの顔を見たら、きっと元気百倍よ」
エイミーの言った言葉が胸に刺さった。


玄関チャイムが鳴り、エイミーが対応した。
「どなた?」
「どなたって、この前も来たでしょ?」
「わかってますよ。キッチンをぐちゃぐちゃにしていったビルさんでしょ」
「ハハハ・・ミニョンはいる?」
「ご在宅だけれど、今忙しいんです」
「直接話すよ」


ビルは部屋の中へ入ってきた。僕はビルに尋ねた。
「どうしたの?」
「おいおい、どうしたのって聞くのか?こっちが聞きたいよ・・お前が電話で会社をしばらく休みたいって言っているって。 『どうしたのか、お前、見て来い!』って言われちゃってさ」
「そうか・・ごめん。今、抱えている仕事、ビルに全部任せる・・」
「そんな事はどうだっていいんだ。どうしたんだよ?」
エイミーが僕の代わりに説明を始めた。
「婚約者が急病でソウルまで行くんです!邪魔はしないでくださいよ」
「婚約者? お前、いつの間に婚約者がいるんだ?今まで女の影はなかったはずだぞ?」
エイミーは大きな声を出した。
「今は、そんな事、聞かないの!」
「ハイハイ」


ビルは僕に近付いて来て聞いた。
「それで、いつ空港に行くの?」
「これからすぐ。今すぐにでも、行きたいんだ」
「・・そうか・・そういう事なら送るよ」
「・・」
「遠慮はするなよ。空港まで行く時間に、その婚約者の話をたっぷり聞かして貰うんだからな。ノーコメントはなし。このくらいの役得があれば、ただで送ってやるよ」
「・・ありがとう」


ビルの車で空港に向かった。
「なあ。エイミーさんは婚約者って言っていたけれど、本当はどうなんだ?」
「えっ?」
「お前が婚約したら、社内で話題にならないはずがないだろう?」
「・・そうか・・でも、本当なんだ。結婚したい人なんだ」
「・・そう・・ところで、欠勤の理由はなんて報告したらいいんだ?まあ休暇扱いだろうけど。イ会長の耳に入るのも時間の問題だぞ。なにせ、イ会長はお前の事、いつも気にしているからなぁ」
「・・・」
「マルシアンに頼んで出張理由でも作ってもらうか?」
「いや、父さんには自分の口から言うよ。社には、いつものわがままだって言っておいて」
「わかった」
「もうひとつ。ソウルで力になってくれる人はいるのか?」
「ああ。・・ビルみたいな人がね」
「じゃあ、心配はいらないな」
「ビルに心配してもらっていたのか・・」
「いいか。卑屈になるな。健闘を祈るよ」
「ありがとう」
「じゃ。ここから本題。どんな人なんだい?」
「・・ぼくの運命の人だよ」
「運命ねえ・・お前の口からそういう言葉が出てくるのか・・まっいいか。いつかちゃんと紹介しろよ」



荷造りはエイミーに助けてもらい、飛行機に乗り込むまでビルに送ってもらい、ソウルに着いてからはサンヒョクの助けを借りた。
誰の助けを借りてでも、一刻も早く、ユジンに会いたい・・
気持ちばかりがユジンの元へ行ってしまう。


ユジンの病室へ手探りで入っていった。
誰かが、さっと、病室を出て行く気配がした。 ユジンのお母さん?


僕はベッドのそばに座り、ユジンの頬を触った。
高熱に苦しんだユジンの頬はこけていた。まだ少し熱い・・
「どうして、僕にすぐ知らせなかったの?」
「もう、ずいぶんいいのよ。・・会いたかったけれど、NYから飛んできてって言うほどじゃなかったの・・」
ユジンは僕の手を握りながら言った。
「ユジン、雨の中、無理したって・・」
「えっ? そんなことも知ってるの? ジンスクね? おしゃべりなんだから・・そんな怖い顔で怒らないでよ。ジュンサン。明日には退院できそうなくらいなのよ」
ユジンの気持ちが手に取るように分かってしまった。僕に心配掛けまいとしたんだ・・
僕が4年前にしたことだったから、ずっと考えていた小言も言えなくなってしまった。


病院の一角で、ユジンのお母さんと向かい合って座った。
サンヒョクは、気を利かせて席を外してくれた。
ユジンのお母さんは震える声で言った。
「あなたは、普通に暮らすのも大変なんでしょ?ユジンを困らせないと言えるかしら?・・ごめんなさい、こんなこと言って。本当にごめんなさい。あなた達の気持ちは分かっているのに・・あなた達のこと認めないといけないのに・・私は・・」
「あの・・申し訳ありません・・」
僕は、これ以上何も言えなかった。
言えば、ユジンのお母さんを困らせてしまう気がした。
「本当に申し訳ありません」
嗚咽するユジンのおかあさんをヒジンが支えて立ち去るまで、とても長く辛く感じていた。
やはり結婚は反対されているんだと思い知った。


サンヒョクが僕の所に戻ってきた。この話、そばで聞いていたんだろうか・・


「サンヒョク、今日は無理を言って都合をつけてもらってありがとう。君とお酒でも飲みに行きたいのだけれど・・」
「そう・・ユジンがよくなった時、退院祝いをしよう。・・うちの父さん、ジュンサンに会いたがっていて・・今日も来ると言っていたんだけれど・・・・その・・母さんが反対してて・・ごめんよ・・」
「・・キム教授はお元気?」
「・・元気だよ。口には出さないけれど、ジュンサンの事、いつも気に掛けている・・」
僕は頭をハンマーで殴られたような気がした。
そうだ。そうだった。
複雑に絡み合った糸を、どうやって解いたらいいのだろう・・難しい問題だ。
複雑な数学の問題を解くのは好きだったけれど・・この複雑な問題の解き方は、ヒントすら見つからない・・


ヒジンは、ユジンにはヒジン自身が付き添うから帰って欲しいと、僕に言った・・
ユジンのそばを離れたくなかった。
「お願いだよ。ユジンのそばに居させてくれよ」
「ジュンサンお兄ちゃん・・」
「どうして?駄目なの?」
「うちのお姉ちゃん。遠くに連れてっていいと思っているの?」
「どうしてそんな事を言うの? ユジンが遠くへ行くわけがないよ、寂しがりやなんだから・・今、僕はユジンと離れるなんて出来ないよ」
「・・ママがそう言っているわ・・だから、ごめんなさい・・」
「・・そう・・」


ユジンは深く眠っているようだった。
僕は、夢の中でもいいから、君の夢の中に入って、ユジンのそばにいたかった・・
ユジンのそばに・・・


僕はユジンの手を強く握った。



****



アメリカにいる父に電話を掛けた。
「もしもし、父さん?」
「ミニョン? 珍しいな。プライベートナンバーの方に掛けてくるなんて。そういえば、お前休暇を取っているんだって?」
「今、ソウルに来ています」
「・・ソウル・・」
「僕、結婚したい人がいるんです。彼女が急病でお見舞いに来ているんです」
「結婚?」
「いつか、きちんと紹介したいと思っています」
「オイ、ちょっと待て。いきなりなんだな・・」
「今は、これしか言えません。また連絡します」
「ミニョン――」
僕は途中で電話を切ってしまった。


イ氏は、慌てて、渡欧して音楽活動をしている妻ミヒに電話を掛けた。
「あなた?どうなさったの?」
「ミニョンが今ソウルに行っているって、結婚したいって言っているぞ!」
「えっ!ユジンさんと・・」
「ミヒ、お前は聞いていたのか?」


イ氏は妻ミヒから、ユジンにまつわる話をすべて聞いた。
ユジンがジュンサンを高校時代から好いてくれている事。
そして記憶のないジュンサンも愛してくれた事。
ジュンサンはユジンを忘れたくなくて、手術を受けなかった事。
ジュンサンがユジンを想い続けている事。
ユジンが昔愛した人の娘である事。
ミヒが4年前に引き裂くようなまねをしてしまった事


長い打ち明け話に、イ氏は静かに耳を傾けていた。




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