2 <プロポーズ>


「ジュンサン」
いつの間に眠ってしまったのか、ユジンの温かな声に目が覚めた。
「私達、随分朝寝坊しちゃったみたい・・朝ごはん食べる?」
ユジンはいつ起きたのか、食事の用意をしていた。
幸せの香りだ。食卓を囲んで、ゆっくり朝食をとった。
「美味しい?」
「すごく美味しいよ・・こんなに美味しい朝食は久しぶりだよ」
「前にもこんな事あったわね・・あの時とっても喜んでくれた・・・今もそう思ってくれる?」
「・・うん」
「今日お仕事は?何時に出掛けるの?」
「・・そう。昼から打ち合わせが入っていたかな。その頃迎えが来るはずだけど・・」
「じゃあもう少しいいよね。冷蔵庫の中空っぽになっちゃったの。後で一緒にお買い物へ行きましょうよ」
「・・ユジン・・」
「ジュンサン、私が来て嬉しくないの?逢いたかったって言ってくれないの・・?でも、今度だけ許してあげる!」

買い物の後、僕達は手をつないで海辺を散歩した。
僕の歩調に合わせ一歩づつ前を歩くユジンを、愛おしく思った。頬に当たる風が冷たい。
朝と違って、ユジンは黙ったまま歩いていた。
「ジュンサン。これ・・」
ユジンから何か手渡された。ネックレスに指輪が付いていた。ユジンが僕の首にかけた。
「ジュンサン・・・私と結婚してくれる?」
唐突な言葉に、頭の中が真っ白になった。なんと答えたら良いのだろう・・

随分と沈黙の時間が流れた。波音の間から、小さな震えた声が聞こえてきた。
「怒ってるの? やっぱり・・プロポーズは女性からしちゃ駄目なの?」
「ユジン・・」

ユジンはそれ以上何も言わなかった。そして僕は何も言えずにいた・・
言葉を失ったまま海辺を歩き続けた。潮風を感じながら・・

迎えの車が来て、僕は会社へ向かった。
パートナーのビルが、迎えに出てくれていた。
「イミニョンが午後出勤なんて珍しいじゃないか。仕事の鬼も鬼の霍乱か?」
「・・仕事の鬼はないだろう?」
「妥協を知らないわがままな奴、の方がいいか?」
ビルは年齢も近く、気さくな奴でなんとなくウマが合う。
「体調でも悪いのか?」
「いや・・」

自分の席に座っても、頭が切り替わらない。
「ビル、今日の打ち合わせだけど延期できないかな?」
「んー。なんとかなるけど、午後急ぎの別件でも?」
「仕事が手に付きそうにないんだ・・ビルも適当にしてていいよ」
「ありがたくて涙が出そうな提案だな。だけど『やっぱり、あっちの現場確認してこい!』とか」
「ほんとにイイよ。携帯電話も鳴らさないから」
「へえ、こんな事もあるんですか。やっぱりおかしいぞ?なんかあった?」
僕は少し不機嫌な声で言った。
「・・そんなに仕事したい?」
「・・ありがたく時間を使わせてもらうよ」

部屋に独りになり、昨夜からの出来事を振り返る余裕が出て来た。
が、夕闇が迫っても考えがまとまらなかった。

辺りが暗闇にすっかり包まれる頃、ジュンサンは受話器を手にした。
「ハイ。マルシアン・・あっ理事・・何事です?」
キム次長の声が聞こえてきた。
「先輩、ユジンにN.Yの住所教えたでしょう」
「あー。そのことですか。電話があると思っていました。教えましたよ。地図付でね。親切でしょう?」
「ユジン、来ましたよ」
「今、どうしてます?」
「僕の家に居ますよ」
「ほー。ユジンさんもなかなか大胆ですね。押しかけ女房ですか?」
「先輩!」
「深夜、美女に押しかけられて困るイ・ミニョンでもないでしょう?攻めは強くても攻められると弱いとか?ハハハ」
「先輩!」
「何を困っているんです?もしかして・・新恋人と鉢合わせでもして困ってんですか?」
「そんな訳ないでしょう!」
「そうでしょう。新恋人なんていないって言っていましたから」
「誰が言っていたんです?」
「お教えしましょう。お母様のカン・ミヒさんですよ」
「母さん!?」
「ふふ・・この前話したんです・・僕の情報網は凄いでしょう!脱帽してください」
「・・・」
「そうそう、これからイ会長にFAXするんですが、マルシアンに復帰できるようこちらからも頼んでおきますか?・・オッと先走り過ぎましたか?ハハハ、ユジンさんを泣かせないで下さいよ。じいやとしては近くにいる姫様の悲しい顔は見たくないですからね」
「・・面白がってません?」
「いたって大真面目ですよ。ユジンさんの事となるといつもの調子が出ないみたいですね。勘が鋭く、柔軟な頭脳を持ち、切れ味鮮やかな理事が見当たりませんよ」
「・・・」
「別の角度から考えるとですね・・ユジンさんが春川のお母さんに内緒で渡米すると思います?ユジンさん、相当な覚悟ですよ・・受け止めて上げて下さい。でないと・・」
「でないと?何ですか?」
「でないと。そうですね、イ会長に息子の所業を報告します。あろうことか、未婚の女性を自宅に連れ込んで、同棲を始めたって・・」
「先輩!怒りますよっ」
「冗談ですよ。お詫びついでにいい事教えてあげましょう。島の家。ポラリスが内装担当した事は聞きましたか?近頃もポラリスと仕事をしてるんです。ユジンさん益々いい仕事するようになりましたよ。一緒に仕事したくないんですか?イ・ミニョンとチョン・ユジン。組めばおもしろい物ができそうなんですがね。」
「キム次長!職権乱用していませんか?」
「そんなこと言うんですか・・いいですよ、これから何にも教えませんよ」
「せっ先輩・・」
「あと何かありますか?なければこっちはこれから仕事なんです。これで切りますよ」
「・・・」
「んー、ちょっとばかりアンフェアだったかな。もうひとつ教えますよ。ユジンさんは押しかけ女房じゃありませんよ。ちゃんと休暇を取って行ったはずです。ユジンさんの留守中、我が愛するジョンアさんはデートも出来ないほど忙しいらしいですから。早く帰してくださいね。では。」

キム次長と話したことで落ち着いてきた。

そして、大体の事情が飲み込めてきた。



深夜になって、やっと帰宅の途につく。
ユジン。あれから独りでどうしていたんだろう・・
泣かしてしまっただろうか・・出て行ってしまっただろうか・・
あわててドアを開ける。


「ユジン。ユジン居る?」
思わず声が出る。
ソファで待ち疲れたであろうユジンが寝息を立てていた。
「・・こんなところで寝ると風邪引くよ」
僕は、かけてくれたネックレスを触りながら、そばに座り込んだ..。


***


ジュンサンが出勤すると、急にユジンの張り詰めていた気持ちが緩んだ。



 ( ジュンサン、厭きれちゃったのかしら・・ 迷惑だったのかしら・・・。私、どうしたらいいのかしら・・・ )
ユジンは気が抜けてしまったようにソファに座り込んだ。

どのくらいたったのだろうか、ドアが開いた気配がした。
「あの・・失礼ですが、どちら様?」
少し咎める様な、でも軽やかな声がした。ユジンは顔を上げると綺麗な女性が立っていた。
「あの・・私、韓国から来たチョン・ユジンといいます」
「韓国から?ミニョンさんのお客様でしたか・・ところで、ミニョンさんは?」
「あの・・お仕事へ・・」
「えっ?お客様を置いてですか?・・。仕方のない人ね。あっ、失礼しました。こんな事初めてなんです。お客様をご自宅でお待たせするなんて。あの、コーヒーでもお入れしましょうか?」
「あの、あなたは・・」
「申し遅れました。んー。今はハウスキーパーのエイミーです。今日来ると、ミニョンさんには連絡してあったのですが・・少々お待ちください。今用意してきます。あっ、お紅茶の方がいいですか?」 
エイミーは手馴れや様子でキッチンに向かった。

エイミーは楽しげにお茶を運んできてくれた。
「先ほど、お名前なんと言いましたっけ?」
「・・チョン・ユジンですが・・」
「やっぱり、と言う事はあのユジンさんなんですね。ユジンさんやっと来てくれたんですね。なんだかうれしいわ」
「・あの・・私の事ご存知なんですか?」
「エーと。どういう風に話したら分かりやすいかしら?・・こんな風に聞かれても困るわよね?」
明るいエイミーのペースに、ユジンは助けられた気がした。

「エイミーさん。よかったら、お仕事の前に私とおしゃべりしません?一人で待っているのに退屈しちゃって。後でお仕事のお手伝いしますから」
「いいんですか?私、ユジンさんてどんな方なのか興味があったんです!あっ、でもこんなことしたら、ミニョンさんに叱られてしまうのかしら?」
「内緒にすれば、わかりませんよ」
「ふふ。そうですね」

ふたりはいたずらっ子のように微笑んだ。そして以前から友達だったかのように、
自然に、楽しそうにおしゃべりを始めた。

「私ね、あなたを全然違う人と間違えて、ユジンさんだと思って写真を飾っちゃったの。気付いた?気を悪くした?ごめんなさい・・お母様のミヒさんとミニョンさんとの会話から、ユジンさんって人に想いを寄せていることがわかったの。男性の部屋に、まして片想い中なのに、その人の影がまったくないのも寂しいと思ったの・・でも早とちりしちゃったわ」
「・・片想い?」
「あらっそれも違うの?」
「・・私の方が片想いかも・・」
「なにそれ?理解を超えるわ。あなたたち恋人じゃないの?随分風変わりな恋人だけど..」
「んー」
「不思議ねえ。私、ユジンさんに会うことがあったら文句を言ってやろうと思っていたのよ。全然逢いに来ないんだもの。でも冷たい人ではなさそうね。実際は違うものなのね」

「・・ねえ。エイミーさんは『ミニョンさん』って呼んでいるの?」
「そうよ。あっ、あなたは『ジュンサン』の方?」
「えっええ・・」
「ミヒさんから複雑なお話を聞いたわ。ミヒさんはずっと『ジュンサン』って呼んでいたから。お父様には直接お目にかかったことはないけれど、『ミニョン』って呼んでいらしたわ。会社の人もたぶん『ミニョン』の方だと思うけど・・私は直接聞いてみたの。どっちで呼ばれたいですか?って。そしたら、どっちも自分だからお好きな方でどうぞって」
ユジンはエイミーの話を聞きながら、あらためて感じた。
ミニョンとして過ごしていた姿を、日々を、あまり知らないことを・・
 
「私ね、今はハウスキーパーって言ったでしょ・・その前は病院の付き添いのアルバイトをしていたの。その縁で、ご自宅に戻られた後もご贔屓にしていただいているの。ミニョンさんは仕事には厳しい人らしいけど、私の仕事は大目に見てくれるの。私ね、こう見えても子持ちなの。見えない?仕事や仕事の時間も融通してくれて、お給料も弾んでいただいて。感謝しているのよ。だから私は断然ミニョンさんの味方。ミニョンさんを困らしたら承知しないから、そのつもりでね!」
テンポよく話すエイミーに、ユジンは肩を竦ませて見せた。
「ふふ。でも、あなたも気に入ったわ。なんでも相談してね。」

エイミーの話はしばらく続いた。
働きながら、資格を取ろうと勉強していること。子供のこと。今興味のあること。
そしてたくさんの質問攻めにたじたじだったが、ユジンは楽しかった。
それまでの重い気持ちが軽くなっていくのを感じた。
「そろそろ、手を動かしながらお話しない?」
「なにからやっつける?」
家事をしながらも、笑いながら一時を過ごせた・・

「エイミー、ありがとう。あなたに出会えてよかったわ」
「ユジン、こちらこそ手伝ってもらってありがとう。私達って、もう友達よね!」




冬のソナタ To the Future 2005 Copyright©. All Rights. Reserved
当サイトのコンテンツを無断で転載・掲載する事は禁じています