「Back and forth 〜フランク・シン In Manhattan〜E」
 
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ここはマンハッタン。



自信と実力は持ち得て当たり前、さらに過剰なほどの自己陶酔が必要な、一瞬たりとも気の抜けない世界。
ニューヨーク州ニューヨーク市。
5つの地区から成り立っているにもかかわらず、ニューヨークの名はマンハッタンと言い換えることが出来る。
南北約20キロメートル、東西のもっとも長い部分で約3.6キロメートルの島。
ビッグアップル、マンハッタン島、原住民は二十数ドルの雑貨と引き替えた。



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フランクは、空港脱出の手段を失わせた原因、傍らの小さな固まりに視線を落とした。
それは、規則正しい寝息を立てながらフランクに寄り掛かっていた。


そして、フランクにはここ数年味わう事のなかった”何もしない”静寂な時間が訪れていた。


「ニューヨークの天気予報は当たるのが当たり前だが、まさかこんな事になるとは・・・」
「ははっ、ボスのクリスマスは冷え切った空港か」
「ああ、どうにもならない。レオ、楽しいクリスマスを」
「ボス、これも神様の贈り物かもしれないぞ。
 きっと、とびきりの美女との出会いが待っているさ」
「ああ、そう願いたいな」
レオの下手なジョークを聞いているうちは気も紛れた。


― 俺としたことが ―


舌打ちをしてしまいたい気分。いや、こんな落とし穴に嵌るとは・・逆に乾いた笑いまでがこみ上げる。

大雪による空港閉鎖は突然やってきた。

市内に帰る最後のバスに乗り込もうとしたとき、ひとりの少年がフランクの腕を引っ張った。

― とびきりの美女じゃなくて子どもだぞ、レオ ―
心の中で悪態を付いた。

「おじさん、僕も連れて行って」
「・・・・・」
「ママがここに迎えに来るんだけど、・・いないんだ」
「・・・じゃあ、ここで待っていた方がいい」
「・・・・・」

子供は掴んだ腕を離さずフランクを見上げている。

― 乗るのか、乗らないのか ―

バスのドアがフランクの面前で閉まった。

フランクは溜息まじりに言った。
「とにかく、中に戻ろう。このままだと雪だるまになってしまう」
「大きい雪だるまと小さい雪だるまだね」
少年はケラケラと声をたてて笑った。
「・・・・ママに言われなかったのか? 知らないおじさんと話すなと」
「うん、いつも言われるよ。でもおじさんもう知らない人じゃないから」

「・・どうしてひとりなんだ?」
「今年のクリスマスと新年はママと迎えることになってるんだ。
 去年はパパとだったんだ、これでも結構大変なんだよ」

フランクは少年の屈託のない様子に何処か釈然としないながらも、無意識にPDAを取り出した。
「あ〜!それって知ってる〜。ママがね、いつもそれとにらめっこしてるんだ」

フランクは無言でPDAの操作を続ける。

「・・・・・おじさんも仕事人間なんだ」
フランクは感情のない表情で少年を見た。
「ママがそれをかまっているとき、僕の話なんかたいてい聞いていないんだ。
 パパもすごく怒ってた、家族との時間をどうして大切にしないんだ!って、
 パパはめったに怒らないけど怒ると怖いんだ。」

「・・・・・・・」

「でもね、仕事って一生懸命やらないとダメなんだよね? ママはいつもそう言う。
 手加減したくないんだって、時間はムダにできないって。
 ねえ、おじさん、 パパとママとどっちが正しいのかな?」

フランクは再びPDAに目を転じたが、少年の痛いくらいの視線を感じると諦めて鞄にしまった。

「俺の名前はフランク。で、君は?」
少年の目が輝いた
「ヤッホー、同じ名前!」
「フランク?」
「そうさ、フランク。でもつばさでもいいよ」
「つばさ?」
「もう一つの日本の名前だよ。でも、まだ日本は行った事がないんだ。
 どんなところか知ってる? あっ、フランク・・フランクって呼んでもいいよね?」
「ああ、いいさ。小さいフランク」
小さいフランクは、思いつく限りの質問をフランクに機関銃のように投げかけ続けた。
まるで沈黙を恐れるように・・・

どんな食べ物が好きか、学校は好きだったか、飛行機に乗るのは怖くないか・・・

しかし、フランクがどの質問にも答えようとしないことに気付くと、今度は小さなあくびをし、
フランクの腕にもたれ掛かりながらこっくりこっくりとし始めた。

「おい、小さいフランク、ママに電話してみろ」
フランクが携帯電話を差しだした。
「僕も持ってる、掛けたけど繋がらないんだ。メッセージは入れたし・・・・」

小さいフランクの体はそう言いながら微かに強張るのがわかった。

小さいフランクはフランクの視線に気が付くと、大人っぽく肩を窄め、わざとらしく大きなあくびをした。
そのうち、寝たふりをした小さいフランクが本当に寝息を立て始めた。


― この温もり・・・・日本か・・・・―


ヨウコ・・・

この小さな温もりがヨウコを思い出させるなんて・・・・フランクの頬がかすかに動いた。

ヨウコ・・・
君と別れた後、ひとりで過ごす夜は君を忘れたくて僕は数多くのガールフレンドを持った。
数多くのガールフレンド。
けっして同じ相手と続けてベッドを共にしないように、いや、誤解を与えないように、僕は気を付けるようになった。
朝まで一緒に過ごさず、そして甘い言葉の代わりにプレゼントを贈る。そんなパターンを自分に課した。
Give and Takeの関係
ひとときの快楽と人肌は在ったが、朝まで浸りたい温もりはそこにはなかった。

僕はあの時のヨウコの温もりを失いたくなかったのだろうか・・
ヨウコの温もり・・そう、もう忘れかけている。
とても、今は懐かしい。

ヨウコ・・・・

出会ったのは春だったのか、いや秋だったのか
はじめに感じたのは、まるで僕を試すかのような視線だった。

強気な君が一度だけ呟いた。「日本へ帰りたい」って。
僕は「なに似合わないことを言っているんだ、甘えたこと言うな、それは現実逃避だ」と答えた。

もう少し・・いや・・・あの時の僕に他に何が言ってあげられたのだろう・・・
帰る所を持っている君が羨ましかったのだろうか・・


「もう、頭に来る!」ヨウコは入り口でパンプスを脱ぎ捨てると、早口でまくし立てた。
「もう最低! どうしてビジネスとして考えられないのかしら。自分が女ってことがイヤになるわ」
ジャケットとキャミソールを脱ぎ、スカートのファスナーを下ろすとバスルームに飛び込んでいった。
シャワーの蛇口をひねり、水音にかき消させるように悪態を付いていたのが聞こえてくる。
疲れてきたのかしだいにその声が小さくなり、かすかに嗚咽が聞こえた。
僕はバスルームのドアを開けた。
「・・・・泣いてるのか・・・」
ヨウコはハッと振り返った。
「フランク・・・」
君の手から石鹸を取り、泡立てながら肩に石鹸を塗り始めた。
「今はいや」
「いいからじっとして、何を言われたんだ?・・・肩の力を抜けよ」
「・・・フランク」
「黙って」
僕は掌で、何度も、ヨウコの肩から背中を撫で下ろし撫で上げた。
石鹸の泡が柔らかく君の胸を包んでいった。
緊張も涙も、その心地よさに溶け出していく。
僕の指はヨウコの腹部をそして太腿を・・次第に愛撫と呼べるものへと変えていった。
シャワーの水音が止まった。
二人で体を拭き合いながらベッドに転がり込む。
僕はヨウコのぼろぼろの感情をなだめるように、ヨウコの肌を両手で撫で、
ヨウコのこめかみや耳の下の柔らかいくぼみに唇を押しあてた。
嵐の航海から戻ったような安らぎを与えたかった。
僕は君の敏感な部分を巧みに愛撫し、息が出来なくなるほど刺激的な旅へといざなった。
哀しみの泣き声を喜びの声に変える。
太古の昔から人間が営んできた原始的なリズムを執拗に繰り返した、
ヨウコ、君の心と体が無数の破片と砕け散るまで・・


夢から覚めた時のように、思わず口を突いて声が出た

「・・・ヨウコ・・・・」

その声は館内放送でかき消され、安堵のため息が漏れた。

あの時、ヨウコの温もりは俺の帰る場所だったのか・・・・

いや、そんなものは存在しないし、必要はない。

思い出を断ち切るように俺は頭を振った。


にわかに空港内は慌ただしく動き出した。
少年がパチリと目を開ける。
「今、バスが着いたって言ったよね? ママが乗ってるかもしれない!」
小さいフランクは言い終わらないうちに、跳ね起き駆けだして行った。
口元に笑みを浮かべたフランクが目で追うと、母親に駆け寄る小さいフランクの姿を捉えることができた。
弾かれたようにフランクはベンチから立ち上がった。
夢中で母親にしがみつく小さいフランクと母親を、フランクは凝視した。
そして、小さいフランクの視線を避けるかのようにフランクは反対方向へと歩き出した。


「ママ、ぼくね、同じ名前のおじさんと一緒にいたんだよ」
「同じ名前?・・そう・・そうね・・・そうよ、いっぱいいるわよね・・・」
「ママ・・ママ? ・・・何を探してるの?」
小さいフランクの母親の目がロビーを彷徨っていた。

フランクはコートの襟を立て、足早にバスに乗り込んだ。



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雪が真正面から吹き付ける
都会の道を歩いているはずなのに
進むべき道はどこにあるのか
ただ分かるのは
前を行く誰かの足許



過ぎ去りし時間に身を置く
あの時、あれが正しかったことなのか
微かに胸が疼く
君の人生に僕はどんな存在なのか
今まで
そんなことを考えたこともなかった



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2004/10/30UP

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