「Back and forth 〜フランク・シン In Manhattan〜C」
 
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ここはマンハッタン。



自信と実力は持ち得て当たり前、さらに過剰なほどの自己陶酔が必要な、一瞬たりとも気の抜けない世界。
ニューヨークがまだニューアムステルダムと呼ばれていたころ、入植していたオランダ人たちが先住民族やイギリス人の攻撃から身を守るため柵を築いた。
防御壁に由来する「ウォール街」、高い壁のような建物に現代の「Wall」が蘇った。



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どうして・・
どうして・・・ちがう。
なぜ・・・・・こんなはずじゃない・・



小気味よいリズム、しなやかな姿態、表情を窺い知ることのないサングラス。
この1年、併走するようにほぼ同じ時間、同じコースを辿る男。
ウインドブレーカーを透かししなやかな筋肉を感じさせる輪郭、若い腕に抱きしめられる自分が頭に過ぎる。
その度、苦笑とも付かない吐息がもれる。
つい最近になって、その彼がフランク・シンと知った。
若きハンター、冷徹なM&A専門家、そして愛を知らない男・・・・



彼がプロジェクトに着手してほぼ1カ月。
今までの経過から考えてもあと2カ月で仕事を終えることだろう。
決して負けることのないハンター、フランク シン
あなたが抱えているホテルの名前さえわかれば・・・・・
あなたに勝負を挑む、なんと言われようがハイエナの如く



本当に偶然だった。
お昼の公園でサンドイッチを持ったまま苦笑する彼に出会った。
― ポーカーフェースの彼が ―
「ハーイ」
フランクは素早く別のマスクを付けたように見えた。


フランクが私のことをどう思ったのかは知らない、ほぼ毎朝セントラルパークで顔を合わせていたのが幸いしたのだろう。
暇をもてあました人妻に見えたのだろうか。
そんなことはどうでもいい、私は彼の情報が欲しかった。
それさえあれば、インサイダーぎりぎり、いや証券取引委員会が乗り込んでくる前に厖大なお金をもち、このN.Yから逃げ切ってみせる。


昼下がりのベッドは時として人を堕落の底に落とし込む。
しかし、彼にはそんなところはなかった。
いくら私が甘い声で誘っても見向きもしない日が続く。脈がないかと思えば、ふらっと現れルームサービスのランチを楽しんで帰っていく。
男と女の関係、そんなものはこの2カ月片手で数える程しかなかった。


最後の勝負に打って出ることにした。
熱心なブローカーとして専用の部屋まで持たせてもらった私。多分間違えることはない、が、確信を持ちたかった。


私からゆっくりと体を離し煙草に火を付ける。
「ちょうだい・・」
その煙草を私に渡し、新たな煙草に火を付けた。
「ねえ、フランク。主人がね、渡すものは何もないが、フィラデルフィアのデラウェアホテルの株券を譲るって、
でもただの紙切れじゃ困るわ、調べてくださる」
「・・・・・・・持っていた方がいい・・・」
「・・・・・・」
抑えきれない興奮を隠し
「・・フランク、シャワーを使ってくるわ」
シャワーを浴びながら、私は喜びの余り手の震えが止まらなかった。


彼の部屋を訪ねたのはこれが初めて。
いつもは私が用意したホテルの部屋だけだった。
バスローブを身につけ、パウダールームの椅子に腰掛け何気なく見回したとき、不似合いのものを目にした。
それはパチンコと古びたネームケース
身震いがした。
驚きの震えが私を襲った。
手早く着替えた私はベッドで軽い寝息を立てている彼を凝視した。
私は彼の横に屈み込み、そっと髪を撫でる。
そして、
私は言ってはならない言葉を呟いた。



「・・・・負けたのかも知れない・・・・・」
「・・・まさか、ボス・・」
「損失の補填を計算してくれ、俺の財産だけで済むといいのだが・・・」



あの日、レオは今度の獲物の下調べで1週間留守にしていた。
ビジネスランチがキャンセルになり、思いがけなく何の予定も無くなった時間
PDAを見てもするべき計画が見あたらない。自由を感じるよりも不安に苛まれた。


ウォール街のランチタイムは混雑を極めた。
以前は、1秒も惜しくランチタイムはビジネスタイム。
今でもそれに変わりない。しかし、我先にとデリカテッセンに群がっているビジネスマンの中で大声を張り上げる必要はなくなっていた。
あの日は何故かこの中に身を置いて、彼らと競い合って一刻も早くサンドイッチを手に入れたい衝動に駆られていた。

公園のベンチで手にしたサンドイッチを見つめ、苦笑いが浮かんでくる。
ふいに目の前が影になり、顔を上げると俺をじっと見つめる視線と出会った。


「テレサ 温子・・・みんなはテレサって呼ぶわ」
日が西に傾いたころ、ホテルの1室で彼女はそう言った。
こんな事はフランクには初めてだった。彼女、いやテレサのペースに巻き込まれていた。
自分が世間知らずの少年になったような気分
「また会ってくださる、連絡は私の方からだけよ」


テレサは会うことを無理強いするわけでもなく、ほったらかしを幾日続けても、ランチだけで終わっても、穏やかに見つめていた。
まるで・・テレサの手のひらで遊ばれているようだった。


ある夜、突然アパートメントを訪ねてきた。
フランクがドアを開けると、欲望の強い光を放っているテレサが立っていた。
「入れてくれる」かすれた声でテレサが聞いた。
じっとテレサを見つめていたフランクが、身をかがめ、唇をそっと合わせながら、胸のふくらみをもてあそんだ。
「フランク」
フランクは反応を引きだそうするテレサにあらがうことができなかった。
テレサは奔放で危険までに荒れ狂った渦にフランクを巻き込んでいった。
こんなにみだらで積極的に振る舞うテレサ、甘えるような声。
フランクはテレサをきつく抱きしめ愛撫の手を緩めることができなかった。

テレサは満ち足りた長い吐息をもらした。



レオが訝しげに尋ねた。
「ボス、この動き何かおかしいぞ・・まさかしくじったのか?」
「・・・・・ああ、初歩的なミスを犯したようだ」
「冗談だろ。まさか・・年増の女に出し抜かれたなんて言うなよ」
「知っていたのか・・」
「ボスがこの2カ月ぐらい、昼間に女に呼び出されていたことくらいわかるさ」
「・・・・・」
「ボス、どうしたんだ、ボスらしくない・・」
「ああ本当だ。自分でも分かっているよ」
「経験豊富な女に溺れたのか・・・・」
「いや・・・」

「レオ、俺がいつもジョギングをしているのを知っているだろ」
レオは頷いた。
「朝、決まった道を走らないと気持ちが悪いんだ」
「・・・・・」
「いつもの時間、いつもの道・・そのひとりだったんだ」
「・・・・・」
「偶然・・・今思えば偶然じゃないけど・・・出逢ったんだ
 はじめは誰だか気がつかなかった。スーツを着こなしていたし、髪もおろしていたから」
「で、真っ昼間から再会を祝してベッドインか・・」
フランクの射抜くような視線にレオは口をつぐんだ。
「レオ、すまない・・自分でもヘンなんだ・・」

「昨日から、何か気になって・・・・やはりそうだ」
「・・・・・」
「まだ大きな変動はないが、ニューヨーク市場の終わりまで破産するかも知れない」
「同業者・・もしくは、どこかのネズミだったってことか・・」
「ああ、かなりプロの・・な」
「突き止めるか?」
「いや・・もう姿を消している・・」
「確かめたのか?」
「ああ」



「レオ、俺がこの国来た経緯は知っているよな。
 10歳だった。まだ10歳・・いや、もう10歳。
 思い出さないようにしていたから・・よく覚えていない・・
 いや、反対だ。覚えていたくないが忘れられない・・


 初めて飛行機に乗るのがうれしかった
 そして、子ども心に国を離れる寂しさも感じていたんだ。
 なかでも鮮烈に覚えていることがあるんだ。
 俺は、金浦空港で大きな飛行機を目の当たりにし驚いていた。
 その俺を、優しく手を引いて椅子に腰掛けさせ、シートベルトを掛けてくれたアテンダント。
 多分まだ学校を出たばかり、制服が浮いている感じの若いアテンダント。
 俺の名札を読んで
 「シン・ドンヒョク君ね 後でジュースをもってきてあげるね。」
 って笑顔で言ったんだ。

 羽田空港を経由して各国に送られる俺達を、目にいっぱい涙を溜めて見ていた。
 そして、担当の赤ん坊をぎゅっと抱きしめて「がんばってね」って言ったんだ。
 ほとんどが赤ん坊か幼い子ども、俺のように10歳にもなる子は珍しかったんだ。
 彼女と手を繋ぎ、髪の色も目の色も俺達と違うアテンダントに引き渡されるとき、
 急に怖くなって彼女の後ろに隠れたんだ。
 そうしたら彼女は俺の目の高さに屈んでこう言った。
 「誇りを持って・・・シン・ドンヒョク・・・」

 ・・どうしてそんなことを思い出したのかわからない。
 でも公園で彼女を見たとき、あの時の、そう、あのアテンダントと重なったんだ。

 おかしいか? おかしいだろ? レオ、おかしかったら笑えよ。
 彼女にだまされたとわかっても俺は・・・・・憎めない」

「・・・・・・・・」


「ボス! ボス見てくれ。動きが急に変わった」
レオの憔悴した顔に生気が戻る。そして上擦った声は、だんだん大きくなった。
「財産処分の計算はしなくてもいいみたいだぞ!」
「・・・・・」
「・・・・ボス、どんな魔法を使ったんだ?」


「ハロー。いいや、当たり前だろう。ボスなら当然さ・・・・・」

レオの誇らしげな声を背中に聞きながらフランクはメガネを外すと、冷たい窓に額を押しつけた。
厚いガラスを通して聞こえてくるはずのない雨音に耳を澄まし、窓を流れる水を指で辿る。
フランクは呟いた。
「あの晩・・テレサが立ち去るとき、ベッドに屈み込んで・・「シン・ドンヒョク、誇りを持って」って。」


「レオ、夢だったのか・・・・・」
「・・・・・・」



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凍りついた道を足の指先に力を入れ踏ん張る
転ぶことを恐れ、だが幼き日、滑って声を上げ喜んでいた
来るべき季節が足踏みをし、後戻りする
心が疼くもどかしさ
立ち止まるのか進むのか、引き返すのか。



安らぎの場所
静けさに身を置き、心の底が疼く
居たたまれない想い
聖母マリアにテレサが重なる
言いしれぬ不安に、目を閉じ手を組み頭を下げた



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