「Back and forth 〜フランク・シン In Manhattan〜 A」
 
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ここはマンハッタン。

自信と実力は持ち得て当たり前、さらに過剰なほどの自己陶酔が必要な、一瞬たりとも気の抜けない世界。
ニューヨークでの魅力的な言葉「プロフェッショナル」
この街の放つエネルギーを吸収し、成長を遂げる、ニューヨークはプロだけが生きていける場所。



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出社したとたん上司に呼ばれた。
「クビか・・・」
ここ実力主義のアメリカ企業は悠長ではない。
彼フランクとて同じ、いかに過去に会社に利益をもたらしたとしても、結果を出せなければ必要のないものとして簡単に切られてしまう。


「フランク、《トラベル・アベニュー》の買収を担当してくれ」
断ることは自ら退職を覚悟しなければならない。そして「弱みを見せない」これがここで生きていく鉄則である。
フランクは、ここに来るまでに、昨日まであった[Mr.スミス]の部屋のプレートが外されていたのに気づいていた。
この件は[Mr. スミス]が8カ月前から手がけていたものである。
あのベテランが負けゲームを8カ月も引きずるはずがない。もっとも長引かせたことに問題があるのではないのか。
素早く考えを巡らし、「検討させて頂きます」の言葉を呑み、淡々と返事をする。

「この仕事はどのクライアントのためで、私の取り分は何パーセントですか?」


「レオ、これから2カ月俺と組めるか」


すべての情報網を使って、情報をかき集めた。
いまひとつ、確信が得られない。こういう時は動かないのが得策。
フランクのハンターとしての勘に黄信号が点滅していた。
しかし、簡単には「できない」とは言えない。ここでは引いたものが負けである。



「スジョン、君はどう分析したんだい?」
フランクはほんの数日前からつき合いだした彼女に水を向けた。
スジョンはフランクの会社の資料室の室長を務めている。



《トラベル・アベニュー》の話が持ち上がり、フランクは資料室へ足を運んでいた。
そこは情報の宝庫ではあったが、無秩序で、ほとんどの人間は無用の長物とみていた。
しかし、フランクはそこに隠された情報があることを嗅ぎつけてから頻繁に通っていた。


今回、資料室へ行き驚いた。
部屋を間違えたと思うほど整然とし、あるべきものがあるべき所に収まっていた。
しかも穏やかな空気と清潔な空間に変わっていた。


「室長、《トラベル・アベニュー》の情報をすべて出せるかい?」
新任の室長はニッコリと微笑むと部下の男性に的確な指示を与える。
5分後には文句なしの書類がフランクの前に積まれていた。
室長のIDカードを見た。


― リ・スジョン ―

「レオ、調べてくれ・・・・・・」

リ・スジョン
24歳
会長の娘 目に入れても痛くないほど溺愛されている。
6週間前に資料室長に就任 後継者教育の一環と噂される。
成果はご存知のとおり。


― 思った通りか ―



「スジョン、一緒に食事はどうだい?」
「ええ、いいわよ。フランク」


スジョンがあっけなく承諾をしたことに、フランクは驚いた。
スジョンは、ポーカーフェイスのフランクが僅かに表情を変えるのを見逃さなかった。


日本総領事館の側にあるホテルの日本料理店は、ニューヨーカーの間でも話題の店のひとつである。
彼女が店に足を踏み入れたとき、常連客に愛嬌を振りまいていた支配人が飛んできた。
待つ間もなく常にお店が上得意客のために確保している席に案内された。


スジョンの瞳がフランクをまっすぐに捉え、尋ねた。
「あなたが私に声を掛けたのは私が会長の娘だからなの?」
「全くないとは言えないな」
「あら、随分正直なのね」
「スジョン、君の分析は素晴らしい。君自身ゲームに参加してハンターになったらきっと成功するよ」
「私は臆病なのよ。フランク」
フランクはテーブル越しに手を伸ばし、スジョンの手を握った。
「僕の誘いをすぐに受けることができる君が、臆病なんて信じられないよ」
スジョンの細い指がフランクの手の下で微かに震えていた。



月が窓の下に眺められるようなアパートの前に来た。
「コーヒーでも飲んでいく? それとももう充分かしら?」
スジョンのメッセージがわかった。中に入るのはコーヒーを飲むためだけだと。
「コーヒーより正直いって、この中を見てみたいな」



手早くコーヒーを準備しているスジョンに静かに話しかける。
「パーコレーターじゃなくて、わざわざサイフォンを使うんだね」
「ええ、このアルコールランプの炎が好きなの」
スジョンの瞳にゆらゆらと揺れる炎が映った。
スジョンを見つめるフランクの瞳は深く冷たい透明な膜に包まれていた。
「ごちそうさま コーヒー美味しかったよ」
フランクが立ち上がり、スジョンが見送るためにドアのところで並んだ時、フランクが振り返る。
そして、フランクの指がスジョンの唇の輪郭をなぞった。
彼を見つめたままスジョンはまったく動けなかった。
「お休み、スジョン」
フランクは微笑みながらドアを閉めた。



《トラベル・アベニュー》の買収は2カ月も掛からなかった。
ある意味スジョンの分析力に拠るものも多かった。
そして、それはスジョンのハンターとしての資質を垣間見ることになった。
スジョンは資料室で蓄えた知識と自分の分析をフランクのゲームを通して実践することができた。
レオは切れ者のパートナー登場に喜んでいた。
予想以上の成果を得ることができたが、フランクはハンターとして満足はできなかった。
さらに、ある意味恐ろしい相手にハンターとしての目覚めの予兆を感じ取っていた。



近頃評判の1年先まで予約で埋まっているレストランで祝杯を上げることにした。
レオが人脈を生かし、予約を取り付けた。
しかし、そことてスジョンが入っていくと他と同じであった。
フランクは軽い疲れを覚えた。


いつものようにアルコールランプの炎を見ているスジョン
コーヒーを飲むと軽いkissをして立ち去るフランク
その夜、暗い自虐的な瞳をしたフランクにスジョンは気づかなかった。
「お休み」と声を掛けようとしたその時、フランクはスジョンの両手を引き寄せた。
そしてスジョンの唇に唇を重ねた、そこには有無を言わせない勢いがあった。
スジョンの自尊心がフランクを払いのけようとしたが、スジョンの膝から力が抜けた。
フランクはスジョンの頬に指を這わせ、唇の輪郭をなぞり顎から肩に指をゆっくりと柔らかい胸にすべらせていった。
「スジョン・・・・」
フランクがスジョンの名前をささやき、もう一度引き寄せ、前より優しく愛撫するように唇を重ね、長いキスをした。



フランクはスジョンからゆっくり体を離し、驚いた表情でスジョンを見つめていた。
「僕はてっきり・・・・」
心地よいけだるさに包まれまどろみはじめたスジョンだったが、本能的に自制心が働き情熱が引いていくような声を出した。
「バージンだと知っていたら、私をベッドに引きずり込まなかった・・と言いたい?」
フランクはゆっくり口を開いた。
「いや、知っていたらもっと優しくしてあげられたのに」
フランクがふたたび抱き寄せようとすると、スジョンは壁を見つめ言った。


「ねえ、フランク。確か[Mr. スミス]が使っていた部屋はまだ空いていたわよね?」


音を立てフランクの心に鍵が掛かった。


翌日あの部屋に[リ・ スジョン]のプレートが掲げられていた。



― スジョン、君とはもうライバルだ
  食うか食われるかの世界
  君の賽は投げられたんだ ―



NYの夜景を見慣れていたスジョンには、フランクとの出会いと別れは平凡すぎて見失っていた日暮れのようなものだった。
密集している高層建築に阻まれ、かけらの空しかない夕暮れ。
そのビルの合間の空が次第に色合いを変えつつ暮れてゆく。
大きな世界の温かい両腕に抱きしめられスジョンは自分の場所をしっかり見据えた。
自分で選んだ場所、唯一の場所。

― そう 私はここで生きていく ―



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柔らかな日差しが真冬の凍てついた道を今にも溶かそうとしていた。
しかし、それもつかの間、軽やかな春の服に着替えたのに新しい嵐が突風を巻き起こし進むべき道が見あたらない
自分の意志ではどうにもならないもどかしさ
フランクの心はさらに深く閉ざされた。



ロック詩人ルー・リードは、ニューヨークを
「自由、無限の可能性を持ち、世界中で街と呼ばれる資格のある街」と言い離した。
ここで成功できれば世界中どこでも成功が約束されていると。



マンハッタンではまだ若いハンターのフランク
フランクと人生の交差点をほんの一瞬通り過ぎたスジョン
同じ街で同じ仕事で生きていくふたり
ただ、すれ違うだけ。



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