「Back and forth 〜フランク・シン In Manhattan〜 J」
 
=========================================

ここはマンハッタン。


1492年コロンブスが新大陸を発見した。
その数年後、南アメリカ大陸の北東岸沿いを航海したアメリゴ・ベスプッチにちなんで
「アメリカ」と名付けられた。
1620年英国清教徒(ピルグリム・ファーザーズ)が移住。


******************

誰も落とすことはできない 「ホテル アクアビィット」
この業界に身を置く者なら1度は聞いたことのある「買収困難」の隠語



「ホテル アクアビィット」の資本規模は大きくはない。
オーナーが趣味で始めたとされる客室数100にも満たない瀟洒なホテル
外観から客室まで統一されたセンスの良さに加えレベルの高いサービスと質の高い顧客
以前から多くの投資家が食指を伸ばしたが、その牙城の固い結束の前に尽く撥ね付けられていた。
いつしか言われ始めた 不落 「ホテル アクアビィット[命の水]」 と。

本来ならフランクが引き受けるような仕事ではなかった。
しかし、偶然にもそのオーナーが体調を崩し気弱になったことを知り、これがチャンスになり得るかと情報収集とその分析に入った。
それを聞きつけ乗ってきたのが、ネットメデイアの先駆者と異名を持つアーサー・M・ジャクソンだった。

― このチャンスをものに出来たなら ―
フランクとレオは色めき立った。

ホテル内部から協力者を得ることに成功。
強烈な個性を放つオーナーの単なる体調不良が重篤な病気のように囁かれると1枚岩だったはずの首脳陣に亀裂が生じはじめる。
不安と不信に苛まれ、見切りを付けるようにひとり去りふたり去り・・瓦解し始めると予想以上に脆いものだった。
残されたものが実務を取り仕切るものだけになった頃、フランクはオーナーと対峙した。

それを期にアーサー・M・ジャクソンの豊富な資金力をバックにホテルを手中に入れた。

ホテルの買収は成功したはずだった。
その規模にしては桁外れの莫大な報酬を手にしたとき、フランクの中で何かわからない違和感が芽生えた。
その何かを掴めない。
レオに至ってはただ首を捻るばかりだった。




ホテル買収から3週間経ったある日、それは改めて火を噴いた。



あのホテルの経営陣の影にアーサー・M・ジャクソンの生涯のライバルとも言えるアンドリュー・ラファイエットが存在した。




アーサーがアルバイトに明け暮れていたハイスクール時代、彼を慰め励ましていたのがケイトだった。
ジャーナリストになるんだとケイトに夢を語り、その夢の延長上に頬笑むケイトが居続けるはずだった。

ある朝、ケイトがアーサーの前から忽然と消えた。
ケイトの両親に聞いても答えを得られず、そしてその両親もしばらくして消息を絶った。

必死で捜すアーサーの耳に口さがない噂が入ってきた。

あの晩 アーサーとおやすみのキスを交わし別れたケイトがアンドリューの車に引っ張り込まれたのを目撃した者がいるという・・
その深夜、家の前に捨てられたように転がっているケイトを見た人がいたという・・
ケイトはアンドリューに・・・・・・語られる噂は噂の域を出てはいなかった。


「メイフラワー号」まで遡ることの出来るラファイエット家が家名に掛けて全てを消し去っていた。


あれから35年、奇しくも同じメデイアの世界に身を置くことになったアーサーとアンドリュー
ふたりの過去など知るはずもない世間がおもしろおかしく「ネットメデイア界と新聞社の対決」などと揶揄していた。


不落「ホテル アクアビィット」の買収成功が形を変え、フランクとレオを「メデイア対決」の渦中に引きずり込んだ。





クライアントからの成功報酬外の謝礼と称した大型ヨットでフランクとレオは外洋に出る。
喧騒のかけらもない波と風の音しか聴こえない穏やかな波間を漂っていた。

「ここまで来たらボスも楽しまなくっちゃな」
「・・そうだな」
「さあ ぼくたちあわれなこどもが いつかふたりとも 公爵になり 宝を掘りあてたときには ・・・なんだっけ?」
「レオはいつから詩人になったんだ?ヘルマン・ヘッセだろ」

ん?レオは大きく目を見開いた。

「ボスの愛読書は小難しい経済書だけじゃなかったってことか。まあ いいじゃないか、ハンターも時には休息が必要だ。こんなふうに時間を使うのも1つのステイタスだよ」


これまで手掛けたことのない大きな仕事に高揚していた気持ちは単調な海上の時間に落ち着きを取り戻し、尖った神経が次第に浄化されていくのを感じていた。
反面、このひとときは、ウォール街の張り詰められた緊張感と迫り来る焦燥感の中に身を置くことに馴染んだ者にとって退屈な時間ともいえた。

それを見透かすように、クライアントがヘリで女たちを送り込んできた。

「さすが、気が利くな」レオの頬は綻んだ。
デッキチェアーに寝そべり、読んでいた本からチラッと視線を這わせたフランクの視野の片隅にベリーショートの女が現れた。
フランクは値踏みするかのように下から上へ嘗め上げる。

「ハーイ!リンジーよ」
まっすぐに歩み寄ったリンジーはためらいなくフランクの手から本を取り上げた。
眉をひそめるフランクにウィンクし、フランクの頬を両手に挟みキスをした。

フランクがリンジーの手首を掴みぐっと自分に引き寄せる。
リンジーの艶やかなブラウンの髪、さらに惑わすようなブルーグレーの瞳が揺れた。

フランクの鼓動を頬で感じるリンジーの微かな震えをフランクは見逃さなかった。

「・・・・・・・・何を企んでいる」

フランクは低く囁いた。

「なにも」

フランクの鋭い眼光の前にリンジーは堪らず視線を逸らす。
デッキチェアーから身を起こすとリンジーの腕を掴みそのまま船室へと向かった。

「ヒュー!相変わらず仕事が速いな」レオの冷やかしがフランクの背中に飛んだ。



フランクのサングラスから船上に降り注ぐ眩しい陽光の欠片が撥ね返った。
この船上の2日間でリンジーの白い肌はピンクがかっていた。


フランクの足元に寝ころんだリンジーが媚びるように言った。
「ねえフランク、何か面白い話を聞かせて」

「・・・・ああいいよ」
「ホント?」

どこまでも穏やかな口調のまま、リンジーから視線を逸らすことなくフランクは言った。

「情報屋がいた。何かを嗅ぎつけさらに調べるためへリに乗り海の上までやってきた。 どう、面白い話だろ」
「なんだ、わかってたの。でも情報屋なんて言い方は気に入らない。ジャーナリストって言ってもらいたいわ」

リンジーはフランクの太腿に手を掛け上体を起こした。

「なんでばれたの?」
「前からチョロチョロしていただろう、その時はこんなサンドレスじゃなくてYシャツにネクタイだったはずだが」
「よくそんなところまで見てたわね」
「注意深いほうでね」

フランクの指がリンジーの胸元のドレイプを弄ぶとリンジーの頬は赤みを増した。

「直接コンタクトを取らせてもらえないんだもの、こうすれば港に着くまであなたは逃げられないわ」
フランクの片手が下りてきて、リンジーのむき出しの脚を撫でながらスカートの中に潜り込んだ。

「何が知りたいリンジー」
リンジーが震える声で呟いた。
「・・・・本当のことよ」




「ホテル アクアビット」のオーナー室に4人の人間がまるで世間話をするように談笑を交わしていた。


「アーサー、あなたと再び会う日が来るなんて思ってもみなかったわ」
ケイトは年を重ねただけ美しさを増していた。
「・・・・ケリ」
あのアーサー・M・ジャクソンがまるで十代の若者のように頬を染めた。
「表に直接名を連ねたことはないけど、わたしのホテルだと知って手に入れたのね」
「ああ、そうだ。君を取り戻したかった。ずっと気になっていたんだ」
「まさか」
ケイトは声を上げて笑った。
「ケリ・・・俺はこのホテルより君が欲しかったんだ」
「何か勘違いをしているわ、アーサー。わたしは誰のものでもない。そんな幻想はとっくの昔に捨てたのよ」
「・・・・アンドリュー、奴のせいか・・・・」
その瞬間、アーサーに向けていたケイトの視線は冷たい光を帯びた。

ケイトは両口角を引き上げて笑みを作り直すと身体の向きをわずかに変えた。
「こんにちは」
ケイトの手はアーサーの隣にいたフランクに向けられた。
「見事な手腕ですね、お若いのに大したものだわ。確かMr.フランク・シン、そちらはMr.レオナルド・パク」
「名前までご存知とは、光栄ですね」レオは上機嫌で握手をした。
「・・・レオ」

向けられた視線の中にどこか審査するような気配をフランクは感じた。

「Ms.ノーマン」
「ケイトでいいわ」
「では、ケイト、また会える時を楽しみにしています」
フランクとレオは二人を残し退出した。


その2日後、ケイトからのアポイントを取りたいと打診してきた。

「おいでになると思っていました」
フランクが笑みを浮かべてケイトに手を差し出すと、レオは訝しんだ顔をフランクに向ける。
「わたしが来ると予想していたようね」
「はい」
「なら話が早いわ。やってもらいたいことがあるのよ」

ケイトの持ってきた依頼はあまりにも大きなスケール
レオは鼻白み、フランクは危うくポーカーフェイスを崩し掛けた。

「どう、やってみない」
ケイトの声が室内に響いた。




あの街から姿を消したケイトの両親は、スキャンダルを恐れたラファイエット家から高額な示談金を受け取っていた。
「返して、お金なんて返して来て」
ケイトは泣いて両親に頼んだが受け入れてはもらえなかった。
突然沸いてきたお金に両親は我を忘れていた。結果、大金は身に付かなかった。
手持ちの金が底をつくと両親はまたラファイエット家へせびりに行くありさまだった。
アンドリューに居場所を知られ、ケイトは身の置き所がない日々を送らなければならなかった。

その後、両親の反対を押し切り振り込まれたお金をもとにケイトは小さな下宿屋を始めた。
一方、ケイトの知らないところで両親はアンドリューにお金をせびりつづけていた。
ケイトがそれを知ったのは両親が亡くなり「ホテル アクアビィット」の経営が軌道に乗り始めた頃だった。


「頂いたお金は必ず全額お返しします」
ケイトのオフィスに現れたアンドリューに感情のこもらない声を投げつけた。
「ケイト、お金を返して欲しい訳じゃない。君の側に居たいだけだ」
アンドリューの言葉はケイトには俄に信じ難いものだった。
「あなたには家庭があるじゃない、わたしにどうしろというの」
「君のことを見守っていきたいんだよ、あの時・・・僕は君を愛していた。でも君は僕に見向きもしなかった」
「だからって・・・」
「ああ、否定はしない。なんと君に罵られようが僕は君を愛していたんだ」
「それは...あまりにも勝手な言いぐさね、アンドリュー」

ケイトとアンドリューの不安定な関係は外部に晒されることなく続いていった。





ケイトの年齢を感じさせないしなやかな姿態から予想をはるかに上回る話が飛び出した。
「アーサー・M・ジャクソンが筆頭株主のインターネット通信事業インフォード社の株をできるだけ集めてほしいの 専門外だなんていわないで頂きたいのだけど」
「できるだけ?もう少し具体的な数値を、どの程度のものをお望みなのですか」
「そうね、代表権を手にいれることのできる位かしら。不可能ではないはずよ」

ケイトはこともなげに言い切った。

「著しい成長が見込める会社です、株を簡単に手放すとは考えにくいのではありませんか」
「それをどうにかするのがあなたがたのお得意なお仕事なのでしょう」

煉瓦色のニットドレスからのぞく細い脚に視線を落とし軽く息を吐き出すとフランクは言葉をつないだ。
「では・・・・・手に入れた株の5%と経費の全てと成功報酬として」
「お金に糸目は付けない。あなたの言うとおりの金額を用意してみせるわ」
「お引き受けいたします」

心の底からのような安堵のため息を付き、嫣然とケイトは微笑んだ。

「もうひとつお願いがあるの、こちらも聞いていただけるかしら」
「はい、何でしょうか」
「先ほどの件と同時に、ラファイエット家の所有というより、アンドリュー・ラファイエットが代表権を持っている新聞社の株も欲しいの」

「そ・・それはあまりにも無謀です」
レオは咄嗟に口を開いた。
「フランク、あなたはどうなの」
「レオの判断は間違っていません。しかし2つの依頼を同時進行とは何か理由でもあるのですか」
「理由?」
ケイトは微笑しながら、窓から見える空へと視線を移した。
「そうね・・・復讐・・・復讐かしら」





脈々たる歴史を持つ老舗も危うい一面はある。
アンドリュー・ラファイエットの能力は人後に落ちるものではなかったが、古い経営体質が尾を引いていて、時代感覚が鈍り新しいものへの抵抗が大きくあった。
しかし、若い世代はこれから発展していくだろうネットメディアに期待をし、遠くない未来の繁栄を確信していた。
そこへそのネットメデイアの先駆者といわれるアーサー・M・ジャクソンが「新聞社を欲しっている」そんな憶測が下世話な「デイリーニュース」の紙面を飾った。
傘下の新聞社を名指しされたラファイエット家が、ことの真相も確かめないままインフォード社に圧力を掛けた。
憶測がさらなる憶測を呼び本質を見極めることは至難の技。両社の株は市場を乱舞した。

人々が「メディア対決」の興奮から醒めたとき、インターネット通信事業インフォード社の代表権はこれまで名も知られていなかったケイト・ノーマンの手に渡っていた。
さらに、ラファイエット家の傘下にあった新聞社が筆頭株主の交代によって社長交代劇が行われた。


このビックニュースはケイト・ノーマンの美貌と謎に包まれた経歴が拍車を掛け、ケイトを時の人へと押し上げた。
さらに、世間の関心はこのケイトのアドバイザー的存在、ハンサムな若きハンターフランク・シンにも波及した。





「教えていただけますか、ケイト」
整えられた全ての契約書を前にフランクが切り出した。

「そうね、復讐といったわよね、そう復讐よ。彼らは私の人生を狂わせてばかり、最悪な気分よ」
「アンドリュー・ラファイエット氏がそうだというのは理解できますが、アーサー・M・ジャクソンも復讐の対象なのですか」
「フランクあなたは若いわね、愛する人はいないの?」
「・・・・・・」
「まだ見つけられないのね・・・・・・人生なんて短いわ、アンドリューによって私の未来は捻じ曲げられ・・家族もメチャクチャよ。アーサーには手塩に掛けた終の棲家まで取り上げられてしまったわ。これ以上私の人生に誰も踏み込むべきじゃないの」





船上のデッキチェアーに身を沈め、フランクは物憂げに言った。
「リンジー、ここで手に入れた君の成果を記事にして売り込むつもりか」
「当たり前でしょ、そのために危険を冒してココまで来たんじゃない、あたしの目標は有名なジャーナリストになることよ」
「・・・・・そうか」
「アラ?フランク いまさら口外無用なんて言わせないわよ」
「そんなことは言ってないさ・・・ただ・・・」
「ただ?」
「ただ・・・・ケイト・ノーマンはアメリカ最大インターネット界のインフォード社の代表者で大手新聞社の大株主ということを覚えておくんだな」

「フランク?」
「君のこれからの将来のために・・助言さ」
「・・・・・・・・」
「ああそれからもうひとつ、君に話した内容はこの船を降りる頃には公然の事実になっている。君も一部リークした情報を得たからここまで来たんだろ」
「ちょっと待って、それって・・」
「ケイト・ノーマン自身が自叙伝として明日出版するそうだ」
「まさか・・・・そんなこと・・あり得ないわ・・・・だって・・・」
「だって?そうさ、そんなことをしたらインフォード社と新聞社の株が大暴落するかもしれないからな」
「そうよ、そんな危険を冒すかしら・・・・・・・」
「しないと言い切れるかリンジー、ケイトの最終的な目的は復讐だそうだから」

潮風に撫でられたリンジーの顔が次第に海の色がうつったように青くなり、ただ床を見つめていた。

フランクはリンジーのサンドレスの細い肩ひもを引き下げ、滑り込むように差し込まれたその手は豊かな胸の頂を探しあてた。
リンジーの喉元をフランクの唇が滑り落ちる。

「リンジー、君のすべきことは俺と楽しい時間を過ごすことじゃなかったのか」

フランクの乾いた笑い声が波に呑み込まれる。



******************



自然の力は驚異だ
しかし季節は確実に歩みを進める
人間の愚かさを知ったとき
逃げ切れない寒さが冷え切った躰を刺す


凍り付いた心を溶かすもの
わからないのか
わかろうとしないのか
それさえもわからない
=========================================

                              ご感想をこちらへ



冬のソナタ To the Future 2005 Copyright©. All Rights. Reserved
当サイトのコンテンツを無断で転載・掲載する事は禁じています