ー赤い糸の伝説って信じてるユソンー
頬を染めて君が呟くようにいった。
ーああ、信じてる。僕の家の父と母を見てると信じざるを得ないさー
ーそうだったわね・・・・ー
君はクスクス笑った。
僕の人生と美久の人生が少しずつ縒り合わされようとするある日のことだった。
「ユソン、今日は帰ってこられるの」
コーヒーカップを手渡しながら美久は訊ねた、いや訊ねたらしい。
僕はきょうの臨床実習に気を取られ、上の空で「たぶん」と返事をしたらしい。
定時で終わるどころか、担当患者の急変でほぼ36時間後、くたくたになって家に戻るとソファに座り込んだ美久がいた。
「おかえりなさい」
「・・・・ただいま、もう目を開けてるのも怪しいよ、美久明日も7時に出勤だから起こしてね」
「・・・・ええ・・・」
寝室のドアを開けるのももどかしく僕はベットに倒れ込んだ。
ふと目が覚めた。
腕を伸ばし、さらに指を伸ばした。でも温かいぬくもりには出会わない。
「・・・ん・・美久・・」
覚醒する意識に胃の腑がひんやりし始めた。
暗闇の中にカチカチと時を刻む音
僕の好きな穏やかな寝息は聞こえない。
ベットライトが淡いオレンジ色で広いベットを照らした。
訳も分からない不安がベットの端を薄暗く包んでいた。
リビングの灯りは落とされ、不夜城のNYが窓から見えた。
「・・・美久・・・ここにいたのか」
ベランダの椅子に蹲るように膝を抱え美久は座っていた。
「ユソン・・・・・」
美久の身体を包み込むように腕を伸ばした。
ビクンと美久の身体が震わせた。
「美久?」
まともに美久の顔を見たのは何日ぶりなんだろう、僕は愕然とした。
頬に涙のあと、泣き疲れたかのような引きつった笑顔。
「美久?」
「・・・ユソン・・ユソン、ユソン」
冷え切った身体を抱いてベットにもぐった。
子どものようにしがみついて泣きじゃくりながら美久は眠った。
疲れ切って眠り続ける美久に後ろ髪を引かれながら、僕は出勤した。
昨日までの喧噪が嘘のような病棟に安堵し、早退と休暇を申し出、僕はアパートに取って返した。
さっき見たままの美久がそこにいた。
僕はホッと息を吐き出し、そっとベットに戻った。
「ユソン、大変遅刻よ起きて」
「・・もう行ってきた」
「行ってきた?どこへ」
「病院。早退と2日休暇を貰ってきた」
「ユソン・・・・」
「美久、黙ってちゃわからなよ」
僕たちは遅い昼ごはんを食べていた。
「僕が悪かったのは知ってる、忙しさにかまけて君のことを気遣ってやれなかった。でもね美久、言わないとわからないこともあるんだよ」
「私ね、どうしてここにいるんだろって。いつ帰ってくるかわからないユソンを待ちながら考えていたらどうしたいのかわからなくなったの」
「美久」
「ユソン、あなたと同じ立場になりたい同じ夢を持ちたいってあんなに一生懸命勉強したのに。今の私には何もないのよ」
「同じ夢はもう見られないのか美久」
「どういうこと」
「同じ医者として切磋琢磨することだよ、別にハードな勤務医になることはないよ。でもそれなりの道があるんじゃないのか」
「私の医師免許は日本だけのものよ」
「なら、ここNY州の免許を取得したらいいじゃないか」
「でも、レジデントになるだけでも大変よ」
「それでも美久が頑張れるんだったら僕は反対はしない、いやむしろ応援するさ」
「ユソン」
「ひとりだったら辛いかもしれないけど、ふたりなら何とかなるんじゃないのか」
「夕べここで何を見てたの」
ベランダに立ち後ろから美久を抱きしめ僕は聞いた。
「どうしてこの街の人は眠らないのかしらって」
「・・・・・・・・綺麗だね闇に包まれて醜いものを消し去ってるよ」
「今夜はわかるわ、ここには夢が溢れてるって」
「美久・・・・」
美久の手をそっと握った。
僕の指輪と美久の指輪がカツンと音を立てた。
無機質な金属さえも美久と触れ合えば、幸せな温もりに変わる。
天上を照らす月が僕たちの指輪に光りを放った。
空に手を翳し仰ぎ見る、そこには見えないはずの赤い糸が絡んでいた。
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