To the future ―青年の樹―  4


「おはようミンソンさん」
6月の抜けるような青空の下にチョ ウンスは立っていた。



あの日もそうだった。
「こんにちはミンソンさん」って。



ポッカリ休講になった午後、ミンソンたちは連れだっていつものカフェにいた。
男同士の話すことっていったら、いかした女の子のこととちょっとしたパーティのこと。
そして顔見知りの子を探してグルッと見渡した。

「おいミンソン、あそこの子たちカレッジの新入生じゃないか。ちょっと可愛いな」
ロビンの声に無遠慮な視線が集まる。
「なかなかいいな」「こっちも4であっちも4だぜ」「声を掛けて来いよ」
「おいミンソン、お前が行って微笑んだらすぐに乗ってくるさ」
「いやだ」
「お前、ホント友達がいがないよな」


軽いことばのジャブの応酬とじゃれ合いながらカフェを出ようとしたとき、ミンソンの前にさっき話しに上った女の子が現れた。


朱に染まった頬と嬉しそうな瞳、肩のところで切りそろえた黒い髪。
決して背が低くないミンソンをちょっと見上げるだけの身長とスタイルの良さ。


ー誰だっけ・・・・・・・ー

「こんにちはミンソンさん」





「ごめん!ウンス!」
車を止めるとミンソンがドアから転がり出るようにウンスの前に立った。
バスケットを手にアパートの前に立っていたウンスの瞳が輝いた。
「昨日もアルバイトで忙しかったんでしょ、疲れているのにいいの?」
「いや昨日は父たちの家に寄ってたから遅くなったんだ。君と会えるなら疲れなんか吹っ飛ぶよ」

ウンスのクスクス笑う声にミンソンの胸が温まる思いがした。




「ねぇどこに行くの」
車を走らせたミンソンの横顔を見ながらウンスが聞いた。
「お弁当を作ってって言ってたからハイキングなの?」
「素敵な公園があるんだ、もう広いから公園というより森かな。ウンスも語学学校の授業がピークでヘトヘトだろ。だからゆっくり休めるところって思ったんだ」
ミンソンのまだ湿った髪に目をやりながらウンスはゆったりと微笑んだ。
「・・・・知ってたのね、私がもう一杯々々なことを・・・・」
「ん?何・・・?」
「ミンソンさんってほんとビョルが言うとおり何にも言わなくてわかってくれるのね」
「・・・そんなことはないと思うよ、ただ気になる人のことは分かるのかな・・・」
ウンスは頬が朱に染まり俯いた。
そんなウンスに目を向け、右手をウンスの頭にポンと乗せた。




「少し歩くけど大丈夫?あの森の中に大きな池があるんだ、きれいなところだよ」
「ええ、歩くのは好きよ」

ミンソンはウンスのバスケットを提げ、ウンスの手をとり夏にはまだ少し早い日差しの中を歩き出した。
広い敷地には所々に人影は見られたがカッコウの声だけが聞こえていた。



「ビョルとは連絡を取ってるの」沈黙を破ってミンソンが聞いた。
「もう毎日みたいにメールをしてるの。まるで高校の時みたいにビョルのことは分かるわ」
「そうなんだ、僕には時々だよ」
「だってビョルは言ってたわよ、お兄さまたちは代わる代わるメールをくださるって。それにお父さまとお母さまも別々に頻繁にくださるからお返事するだけで大変よって」
「そうだね、僕もビョルにはメールをするけど兄たちにはほとんどしないからな。まして両親とはしょちゅう顔を合わせてるからね。みんなビョルのことが心配なんだ」
「羨ましいなビョルは。高校の時もお兄さまたちのことを楽しそうに話していたのよ。私は一人っ子でしょだからいつも羨ましかったわ」



何も遮る物のない平地を歩き、少し汗ばんだ頃大きな木が茂る小道に足を踏み込んだ。
眩しさに慣れた目が鬱そうとした木々に日差しが遮られ闇の中に放り込まれたような気がした。
ウンスの手がギュッとミンソンの手を握った。



突然視界が開け、大きな池が出現した。
それはまるで別世界のように水が輝いていた。



「うわぁーすごい!!!」
「どう気に入った?」
「もちろんよ」



木々を通り過ぎる風が池を渡り涼しさを運ぶ。



「全部ウンスが作ったの?」
「サンドイッチはそうよ、あとは聞かないでね」
「ビョルには無理だな、ウチのシェフはチュンソン兄さんなんだよ」
「チュンソンさん?あのモデルをしてる?」
「そう、いろんなことが上手い人だな」
「やっぱり羨ましいな・・・・」
「・・・・・ウンス」


ミンソンの指がウンスの唇に触れそっと滑った。
ウンスの体がピクルと震えた。


「・・・・ウンス・・・・苺を食べたからまるでルージュを塗ったみたいだよ」
「・・・・・・・・・」
ミンソンの指がそっと離れた。




「ねぇウンス、前から聞こうと思ってたんだけどあの時僕がいるのに気がついていたの」
「あの時・・・・あの時は知ってたの。ミンソンさんがよくあそこに来てるって」
「どうして?」
「前にビョルから聞かれたことはなかった?いつもお友達と行くところわって?」
「そう言われたら前にお店の名前を聞かれてメールでしたな」
「私がこっちのカレッジに来ることが決まった時、ビョルが教えてくれたの。ここに行ったらミンソンさんと偶然会えるわって」
「・・・・そうだったんだ」
「怒った?」
「ううん、そんなことはないよ。真っ赤な顔をして勇気を出して声をかけてくれた君に感謝かな」




風に微かにそよぐもうすっかり乾いた髪がウンスの目の前にあった。
ミンソンの澄み切った目がウンスの瞳を惹きつけ、驚いて目を丸くしているウンスの唇にミンソンの唇が啄むように重なった。


「・・・・ウンス・・目を閉じてくれないか」
その声に我を取り戻したウンスは真っ赤になってミンソンの肩を押し戻した。
「美味しい苺の味がしてたのにな・・・」
俯いたままのウンスは何も言わなかった。
「・・・・・ごめんウンス・・・・」
切なそうなミンソンの声にウンスはハッとして顔を上げた。
まだ赤みが残る顔をミンソンに向け首を横に振った。
「・・・・ごめんさい・・・・・」ウンスはまた顔を赤らめながらもミンソンに微笑んだ。



「きょうはありがとう」
ウンスはバスケットをミンソンから受け取りながらアパートの階段を2つ上がった。
「・・・・・ウンスまた逢ってくれるかい」

ウンスはミンソンの目を覗き込み大きく頷き、頬を掠めるようにキスをした。

「ウンス・・・・・・」

ウンスは手を振りアパートのドアを開け姿を消した。





ミンソンは駐車場に車を入れ、ウンスが掠めた頬をそっと指で触れながら寮へ向かった。
ミンソンが寮の門扉に手を掛けたとき、キャリーケースを引きずる音と「すみません」の声に振り向いた。


そこには可憐なウンスの姿をかき消すような美しい女性が佇んでいた。





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