To the future ―星の揺りかご―18 
夏の夜の夢

「ねえ、お母さん死んだ人にとっての贈り物は忘れてあげることかな」
「・・・・・チュンソン・・・」
 
お日様が落ちてもまだ夜には早い、でも夜はときおり思いがけないものを描き出す。
 
「あれからもう5年、いやまだ5年なのに・・・・」
「忘れられないの・・・忘れたいの・・・?」
「わからないんだ」
 
雑誌を読んでいたジュンサンがそっと目を上げユジンを見た。
 
「何故忘れてあげなければならないの、チュンソン」
「なにひとつ変わっていないんだよ、彼女がいないって事以外に」
「心を痛めることがそんなに辛いの」
 
テラスでじゃれ合っていたミンソンとビョルが振り返った。
ユソンのピアノが止んだ。
 
「チュンソン、昔ねある人が影の国へ行った話を知ってる?」
「ううん、なに」
「ある男が影の国に行ったんだけど、
 まわりは影ばかりだから誰も話しかけてくれなかったんだって」
「・・・」
「それで、その男は一人で寂しかったそうよ」
「・・・・・」
「それでおしまい」
 
「ところが続きがあったんだ」ジュンサンが話し出した。
「お父さん・・」
「影の国で寂しい思いをしないためにはどうしたらいいか」
「どうするの」
「誰かに覚えてもらえばいいんだよ、自分を影を・・・・」
 
********
 
ジュンソンが高校に入学した時、女の子達が色めき立った
女の子達には3年生のユソンは憧れの存在で、遠い人。
でもジュンソンは身近な友達だった。
このころからジュンソンはいつも女の子達と一緒だった。
 
でも彼女は違っていた、
自分の意見をはっきり言える、明るい快活な彼女は他の女の子と一線を画していた。
ジュンソンもそんな彼女とはウエットに飛んだ会話を楽しんだり、お互いに辛辣なことも言い合えた。
 
進路を決める3年生の夏
「チュンソン、大学を決めた?」
「ああ、フランスに行くよ」
「・・ふらんす・・・」
「あれ?なんだいガッカリした顔をして」
「・・・・大学も一緒だといいなと思ったのに」
「・・・」
 
次の日の夏休みの補習に彼女は出てこなかった。
夏休みが終わっても彼女の席は空いたままだった。
 
彼女の病気を知ったのは秋の初めの頃
担任が「Aの血液型で献血の出来る人は申し出てくれ」
そこで知ることとなった。
 
********
 
「なんだ、僕の血を入れたから元気になると思ったのに」
彼女の透き通った白い顔を見て、驚きから思わず憎まれ口を叩いた。
「ごめんね、ありがとう」
彼女の目から涙が流れた。
もう僕の口からも言葉はでなかった。
「チュンソン一緒に大学へ行きたかった、チュンソンの住むフランスも見たかった」
「直ったらいけるさ」
彼女は首を横に振った。
「チュンソン、わたしまだあなたに好きだって言ってなかったの
 わたしまだデートもしたことがなかったの
 わたしまだ、キスもしていないのよ・・・死にたくない・・」
僕はすべての言葉を失っていた。
 
たまに体調のいい日があることを知り、
僕はその日を待ち続け彼女の病院へ通った。
彼女のお母さんが「きょうはすごく具合がいいの」
前からお願いをしていたことを実行することにした。
驚く彼女を車椅子に乗せた。
 
ほんの僅かな時間
 
病室に戻った彼女は熱が出たかと思うほど上気していた。
「ありがとうチュンソン」
彼女の細い手が僕の手を力無く握った。
 
その年の初雪は思いがけない大雪となった。
彼女は逝った。
 
********
 
ユジンがささやいた
「チュンソン、どれだけ時間が経っても忘れないものよ」
「心に秘めた人のことは永遠に忘れないんだ、チュンソン」
ジュンサンが言った。
 
********
 
僕の目を通してきっと影の国の彼女も見ていることだろう
5月には5月の美しいパリを
マロニエの木々は白やピンクの花の盛り
プラタナスは青い実をいっぱいつけ、
大きな菩提樹も緑豊かな季節
 
夏は青い海と白い入道雲を
 
秋は石畳の道に舞落ちる枯れ葉を
 
冬は凍えそうな僕を
いつまでも18歳の彼女が心の中を暖めてくれる
 
僕の心にいつか他の誰かが隠れても、
きっとその部屋の片隅にリボンをかけた美しい箱があるだろう
僕だけが覗くことが出来る
彼女との思い出の箱
 
さて今夜はシェークスピアの真夏の夜の夢を紐解こうか。
彼女はパックのようだったんだ






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