To the future ―星の揺りかご―16
チェリンとチュンソン

 
デファンス地区のオフィス街の一角にチェリンは小さな事務所を持っていた。
本体はあくまでも韓国において、ここでは生地の買い付け、コレクションの打ち合わせ、パンフレットの作成、モデルとの契約など、事務的なことだけを一手に行っていた。
この事務所でお客と会うことはない。
あくまでもチェリンの目立たない部分、表に出したくない部分を行っていた。
チェリンに言わせるとファッションは夢を売るべきであって、苦労しているところは見せるべきではないとの信念からだった。
プレスはもちろん、固定客であってもすべてホテルで会っていた。
その事務所にチェリンがジュンソンを連れてきたのは事務所の人間にとっても驚くべき事だった。
 
「ハイディ、こちらカン ジュンソン彼のモデルとしてのマネージメントをやって」
「カン ジュンソンです」
「ハイディよ」
軽い打ち合わせをして、念を押すようにチェリンが言った。
「ハイディ、彼は学生なんだから無理はさせないで、彼のいやな仕事は駄目よ」
ハイディがちょっと肩を竦める仕草をした。
 
「さて、チュンソンお祝いを兼ねて食事につきあってね」
 
********
 
あなたの好みに合うといいんだけど、といいながらチェリンはソムリエの差し出すワインリストを押しやって小声で銘柄をささやいた。
ソムリエはジュンソンに目を素早く動かすと、チェリンに微笑みを浮かべながら「わかりました」と下がっていった。
 
「あなたのおかげよ、素晴らしいものが出来たわ」
「お役に立てて光栄ですデザイナー」
 
軽くワイングラスを合わせ、口に運ぶと芳醇な香りが広がり
ワインがこんなに美味しいものかとバッカスに感謝したくなるほどだった。
ジュンソンが感歎の声を上げたとき、チェリンはにっこりとよかったと微笑んだ。
 
********
 
その瞬間、ジュンソンは小さい頃のある出来事が蘇った。
いつのことだろう、記憶が存在し始めたような頃
沢山の人が集まって楽しかった後のことだと思った。
誰もいなかった。何故だろう。僕とママだけだったんだ。
ママは悲しそうな顔をして僕を抱きしめたんだ。
「チュンソン、こんな事を思うなんて、ママはなんてひどいんでしょうね
 ママの知らないパパを見るたびに、知る楽しさよりも、
 知らない自分が可哀想になるのよ。
 本当は知っているチェリンの方が悲しいのでしょうに。
 ママってひどいわよね」
 
********
 
「チュンソン、あなたの好みでよかったわ」
「いつもこんなに美味しいものを戴けるのだったら、いつでもお供しますよ」
 
食後酒の時、席をBARに移した。
「こんなに綺麗なのに何故結婚しなかったのです」
「さあ、どうしてかしらね」
「だって好きな人くらいいたんでしょ」
「そうね・・・・」
ジュンソンの澄んだ瞳に見つめられたとき、チェリンの心が動いた。
自分の中で封印していた思いが解き放たれたかのようだった。
 
「彼とはねこのパリで出会ったのよ」
「フランスの人?」
「・・・・いえ、アメリカから来た人・・」
「じゃあ、アメリカ人?」
「・・・彼にはわたしから声をかけたのよ」
「・・・・」
「ハンサムな方ですね。気を悪くしたなら、晩ごはんをごちそうさせてくださいって」
「大胆ですね」
「そう、若かったのよ」
「でも結婚はしなかったのですね」
「ええ、彼は彼を愛し、慈しみ支えてくれる人と出会ったの、彼と共に歩くのはわたしではなかったのよ」
「今でも愛してるの?」
「・・・・わからないわ・・・」
 
********
 
ジュンソンはスツールから立ち上がりチェリンの横に立った。
チェリンの肩を両手でやさしく引き寄せて額に唇を寄せた。
「チュンソン!」
「チェリンおばさん、僕からのプレゼント」
驚いてジュンソンを見つめていたチェリンの目から涙が零れた。
「泣かないで、いい女が台無しだよ」
その声に微笑みかけたチェリンの唇にジュンソンの唇がふれた
「これはチェリンの愛した人からの贈り物、きっと幸せになることを祈ってるよ」
 
ジュンソンの瞳の奥に忘れていた彼の優しさをチェリンは見た。
 
********
 
誰もいないと思っていたが、
記憶はいつの間にかパパがママを抱きしめていたのを思い出していた。
「ユジン・・・ユジン・・」と繰り返しているパパ
「・・・チュンサン・・・・」パパの胸で泣いているママ
あれは幻ではなかったのか






冬のソナタ To the Future 2005 Copyright©. All Rights. Reserved
当サイトのコンテンツを無断で転載・掲載する事は禁じています