To the future ―星の揺りかご―15 
パリでの出会い

タイムスリップしたかの錯覚に陥った。
そこにいるのは誰・・・・・
 
 
ひときわ目立っていた。
ここサンジェルマン・デプレは人で溢れかえっているのに、行き交え人がすべてと言っていいほど彼を目で捉えていた。
その彼の周りを競うかのように女の子達が取り囲んでいる。
背筋をピリッとさせ颯爽と歩いていた生粋のパリジェンヌも人知れず軽いため息を洩らした。
 
「噂は知ってましたが、噂は当てにはならないのですが・・」
素敵な男達を見慣れているはずの編集者がしどろもどろしている。
「先生・・・どうなされたのですか」
冷やかし半分で付いてきたデザイナーが編集者を無視して彼に近づいていった。
テーブルの側まで行ってサングラスを外すと
「チュンソン?」
女の子達から視線を転じ、光を背中に受けた女性を見つめた。
「チェリンおばさん!」
いつも女の子たちが欲しがっているあのとろけそうな笑顔をみせた。
 
********
 
「驚いたわ・・・・」
カフェの奥まったところでチェリンはジュンソンの近況を聞いた。
 
「・・・ところで立ってみてくれる」
「・・はい」
「何センチあるの」
「身長?186センチ位かな」
「モデルに誘われたことはないの」
「あるよ」
「そうよね・・・・」
「でも興味はないんだ」
「・・・・」
 
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チェリンの持つブランドが日本やアジアに大きく展開するために、ファッション雑誌と提携し今回大々的にキャンペーンを張ることになっていた。
その撮影のためにパリへ来ていたのだが、モデルの女性達を引き立たせるための男性モデルが自分が中心でないことを理由にキャンセルしたところだった。
困っていたチェリンにパリで懇意にしている雑誌編集長がジュンソンの噂を聞きつけて編集者を確認に向かわせたのだった。
 
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渋っていたジュンソンだったが、チェリンの「アルバイト代を弾むから」この一言であっけなく陥落した。
 
ジュンソンは今住んでいるところより、もう少し便利なアパルトマンを見付けていたが、費用の面で困っていた。
17世紀の建物でパリらしいアパルトマン、全室を5人で借り受け、ダイニング、冷蔵庫、キッチン、シャワー、電話などを共有して一室は恋人同士が、一室は男友達同士が、そして一室は他より少し小さめだがジュンソン一人で借りることになっていた。
 
「あら、チュンサンに言ったら何とかしてくれるでしょ」
「駄目だよそんなの。学費だって払ってもらってるのに」
「へーそうなんだ、しっかりしてるのね」
「当たり前だろ」
「・・・・・だったら、この仕事を引き受けてね」
「はい・・・」
「あのね、チュンソン、仕事場では絶対にチェリンおばさんって呼ばないでよ」
「じゃあ、なんて。先生って呼ぶの」
「編集者は先生って呼ぶけど、モデルの人達はデザイナーっていうわ」
「じゃあ僕はそうだな・・・・チェリン・・・」
チェリンの顔が一瞬凍り付いたように見えた。
「冗談だよ冗談、デザイナー」
 
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撮影はスタジオで5日間行われた。
ジュンソンは持ち前の明るさと頭の回転の良さから初めてとは思われない順調さで進んだ。
 
彼の笑顔は作りだしたものではなく、彼本来のよさを十分に引き出し、肩までの黒い髪は整いすぎた顔立ちを甘く包み込んでいた。
チェリンのブランドは女性ものだけなので、提携する男性ブランドのスタッフも撮影2日目には話を聞き込んでスタジオに姿を現していた。
3日目には男性ブランドの広告担当者が覗いていた。
 
「チェリン、大変な拾いものをしたね」
「あら、あなたのお陰よアラン」
はじめにジュンソンの噂を聞きつけた雑誌編集長がスタジオに来た。
休憩時間にチェリンがジュンソンを呼んだ。
「あいさつしてチュンソン、お友達のアランさんよ」
「こんにちは、カン ジュンソンです」
「チェリンの知り合いだって?」
「はい」
「今夜チェリンと食事をするんだが君も一緒にどうだい」
ジュンソンはチェリンの顔を見た。
「そうさせていただいたらチュンソン」
「はい、ありがとうございます」
 
食前酒から始まりメインディッシュを経て食後酒、デザートとても学生のジュンソンでは出入りできない場所だった。
チェリンから服装の指示をもらっていたので恥をかかないで済んだ。
 
ジュンソンはアランが編集者からチェリンとジュンソンの仲の良さを聞き、気になって食事に招いたことに気付いた。
何気ない会話の時ジュンソンは「・・・ね、チェリンおばさん」と言った。
「おばさん・・って」アランは呟いた。
チェリンはジュンソンを睨むと席を外した。
「ねえ君、チェリンは君の・・・・その・・」
「パトロン?って」
「違うのかい」
「ええ、違います、僕の両親の友人です。
 アランさんチェリンおばさんを迎えに行かなくていいの? あそこで来づらそうにしてますよ」
「エッ、ちょっと失礼チュンソン君」
「S'il vous plait」
ジュンソンの屈託のない笑みがこぼれた。






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