To the future ―星の揺りかご―13 
通り過ぎる人

「お帰り、ヒジェ・・・」
ミンソンは彼女をみつめ手を差し出した。
ヒジェはミンソンの手を軽く握り「ただいま・・・」
 
「ヒジェさん、どうでした・・・」
話しかけたビョルの腕をジュンソンが引っ張った。
 
********
 
「ヒジェ、急がなくていいの」
「紅茶じゃなくって、韓国の空気とコーヒーを飲みたかったの」
「ミンソンさんこそいいの、皆さんと一緒じゃなかったの」
「まだ、大丈夫さ」
不思議な感覚だった、不安というものとは違う、焦りとも違う何か。
1年という時間だろうか。
「バレエ教室」の前で会った時の、年上の人かなと感じた想いとも違う、
図書館での可愛らしい震える波のような瞬間とも違う何か。
 
そんなミンソンの一瞬の惑いを拭い去るように、ヒジェは立て続けに話した。
イギリスでの生活を、そして楽しかったことを。
 
「ヒジェ・・・辛くはなかったのかい」
「・・・・」
 
ヒジェの少し小さくなった顔、さらに大きくなったような瞳から一筋の涙が流れた。
 
ミンソンの顔のむこうの遙か遠くの何かを見ていた。
カップを持つ手が震えていた。
ミンソンはヒジェの手からカップを取り、ヒジェの右手を両手で包み込んだ。
 
「ヒジェ・・・頑張ったんだろ・・・・」
「・・・ええ・・」
 
渡英して2週間で自分の未熟さ、努力しても埋められないものをわかったとヒジェは言った。
「でも、頑張ったの・・」
ミンソンの目にも涙が盛り上がるのを感じた。
 
そしてヒジェは話しを続けた。
「あの日、ミンソンさんに好きだって言ったわ。 そう、好きだったのよでも、この1年わたしを励まし続けた人がいるの、彼は挫けそうになるわたしを支えてくれたの」
ミンソンの手からすり抜けるようにヒジェの温もりが消えた。
 
********
 
彼は研修生の中でも飛び抜けて巧かった。
そんな彼を特別な人として見ることから始まり彼に好意以上のものを感じていたある日、ひょんなことから彼との交際が始まったのだった。
ヒジェの辛い1年を支えた人
ミンソンは見知らぬ彼に僅かな敵意を覚えた。
しかしそれも束の間だった。
彼のことをミンソンに語りかけるヒジェの顔が生き生きとしてくるのを見たとき、
ミンソンはヒジェを支え続けてくれた見知らぬ彼に言いしれぬ感謝を持っていた。
 
ヒジェの夢を支えてくれる人
 
それが例えミンソンでなくとも良いと思えた。
ヒジェが生き生きしてくれればそれでいいと。
夏のミューズが美しく輝いてる。
それはもうミンソンのミューズではなかった。
 
********
 
3階の吹き抜けから彼女が歩き去るのを見ていた。
 
肩を叩かれた気がして振り返った
黒の麻のジャケットの袖をたくし上げ、ブルーミラーのサングラスをかけ、
肩に届く黒い髪を掻き上げジュンソンが立っていた。
さっきまで一緒にいたことも忘れミンソンはボンヤリ考えていた。
こんな素敵な男だったら女の子がついてくるだろうな。
 
「ミンソンなんて顔をして僕を見てるんだよ、まるでいつも僕を見ているの彼女たちのような目だ。僕に恋してる少女たちのようだよ」
 
いつもの調子で軽口を叩きジュンソンはとろけそうな笑顔をみせた。
「チュンソン兄さん、相変わらずだな」思わず苦笑した。
 
ジュンソンはミンソンの肩越しに下の通路を覗き込んだ。
ジュンソンがミンソンの視界から外れたとき、
少し後ろの方に立っているジュンサンとユソンがいた。
すべてを悟られてしまったようだ。
ミンソンは左手を眉間に置き、ジュンソンの視線の方に振り向いた。
 
ユソンは幼いミンソンがべそをかいた時、いつも慰めてくれたようにミンソンの頭に手を置いて髪の毛をクシュと掴んだ。
ジュンサンはミンソンの肩をそっと抱いていた。
 
4人は1階の通り過ぎる人々を見ていた。






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