To the future ―星の揺りかご―12 
好きな星

僕が君に恋してるって気付くのに
たった数分より掛からなかったなんて信じてくれる
僕の目が君だけを見ていたことわかってるかい
ほんの半日のデートが明日からの1年を待てるって
そんなふうに思えるって誰が信じてくれるだろう
誰でもない僕が信じられるんだ
 
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図書館から坂を駆け上がり街を見下ろす公園に僕たちは立っていた。
急な坂に心のどきどきを押し隠し、息を切らしていた。
はあーはあーしながら、噴き出した汗を拭き顔を見合わせ笑った。
息苦しさを抑えながら彼女に手を差しだし
「あらためて、カン ミンソンです」
彼女も笑いながら
「チャン ヒジェです、よろしく」
また大きな声で笑い転げてしまった。
何がおかしい訳じゃないのに心の底から顔を見合わせては笑った。
 
「あのミンソンさん」
「ミンソンでいいですよ」
「駄目です、だってあなたの方が年上よ」
僕は笑いながら「エッ、そうなの」
彼女は僕を打つ振りをした。
「じゃ僕はヒジェって呼んでいいんだね」
顔を赤らめ彼女は頷いた。
 
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ヒジェは私立高校の2年生、僕より1つ年下だった。
明日の夜の飛行機でスカラシップ生としてイギリスに行くのだった。
「準備は出来たの」
「ええ、レオタードとトゥシューズさえあればいいのよ。今以上のバレエ漬けになるんですのも」
「好きなんだね」
「そう、バレエがね。でも遅いのよ」
ヒジェはプリマドンナとして世界に出るには留学の年齢が遅すぎる事を話した。
「無理かも知れない、でも今出来ることを精一杯やってみるの」
ヒジェの大きな瞳はきらきら輝いていた。
 
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図書館に通うようになったのは振り付けを理解するために沢山の本を読むためだった。
僕の通う図書館は昔風で本の裏表紙に図書カードが挿んであって、そのカードを見ると誰が前に借りていたかわかるようになっていた。
ヒジェはある日何とはなしにそのカードを見ると、いつも前に僕の名前があることに気付いた。
借りる本借りる本ほとんどに僕の名前があったって。
 
「大げさだな、偶然だろ。それとも借りる傾向が似ていたからだろ」
「始めはそう思ってたのよ」
 
そのうち僕の名前が書き込まれている本だけを探して読むようになった。
今度僕の方が顔が赤くなるのがわかった。
 
「でも沢山読んでるんですもの、追いつかなくって」
「僕が読んだものって・・・」
「ええ、トーマス・マンの魔の山でしょ、あれは長かったわ、それとトルストイ、ボッカチオのデカメロン・・・」
思わずヒジェの口を手で塞いでしまった。
 
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「ミンソンさんは作家になりたいの」
「いや、建築家だよ」
ヒジェは不思議そうに首を傾げた。
 
いいものを作るには感性が必要だと思ってる、感性を磨くにはいろんなものを見たり経験したりすることだと思う、。
その手始めに僕に今、出来るのは沢山の本を読んで語彙を豊かにし、想像力を広げることと、力をつけることかな。
 
「大人になって仕事をはじめたらきっと本を読む時間は減ってしまうと思うんだ。その時に慌てなくてもいいようにと思って」
「ミンソンさんの建てるもの見てみたいな、きっと夢が溢れてるわ」
 
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空に星がひとつふたつみっつ・・・・
 
ヒジェが僕の肩に手を置いて自転車の後ろに立っている。
 
「ミンソンさん、好きな色はなに」
「君は」
「わたし?わたしはプリマドンナの色の白」
「ねえ、ミンソンさん好きな星はどれ」
「・・ポラリス・・・」
「ポラリス?北極星・・・そうなんだ」
「君は」
「わたしも今日からポラリス」
 
 
「ここ、ここよ」
自転車から飛び降りて
「ありがとうミンソンさん・・」
大きな瞳が潤んで見えるのは輝く星々のせいだろうか。
ヒジェは玄関の前で舞台に立ったプリマドンナのように華やかにお辞儀をして、
ドアの向こうに消えた。






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