To the future ―星の揺りかご―11 
ミンソンの恋

恋は驟雨に似ている
急に降り出し、すぐに止む
そんなことを言ったのは誰だったろう
それはきっと恋を知らない唐変木だ
でなければ
恋を知りすぎたドンファンだ
 
 
彼女に見つめられたとき僕は詩人になった
「・・・・ねえ いま私たちは白鳥なのよ
     おとぎの国の貝殻を
     金の縒り糸でひいているんだわ」
あれはリルケの詩だったろうか
 
********
 
去年の晩夏
ビョルを迎えに「バレエ教室」へ
いつもは母が行くのだけれど、どうしても抜けられない用事が出来たからって僕が行くことになった。
教室のドアが開き女の子達が飛び出してくる。
僕はビョルを待ちながら恥ずかしさでいっぱいになった。
女の子達は僕を見ながら通り過ぎる。
 
「あれ、ママは?」
「来られないからって」
「ミンソンお兄さんデートしようよ」
「ビョル・・ほらカバンをよこしな」
ビョルは僕の腕にぶら下がり歩き出した。
 
「ビョル・・・」
「アッ、ヒジェさん」
「ビョル、恋人?」
「えーそう見えます」
ビョルは調子に乗ってますます身体を押しつけてくる。
 
「ビョル!」
「はーい、ヒジェさん兄です」
「ミンソンお兄さん、うちのマドンナのチャン ヒジェさんです」
 
あの瞬間
僕は恋に落ちた
たぶん
だって、初めてのことだから
これが恋だって気づかなかったんだ
 
彼女の大きな瞳
結い上げられた黒い髪
後れ毛の見える首筋
華奢な肩
踊るような手
早鐘の心臓に響く声
 
一瞬の出会い
 
********
 
「あの・・・ミンソンさん?わたし」
「ヒジェさんでしたね」
声をかけられ顔を上げるとそこにはあの忘れ得ぬ人だ。
僕は僕が驚くほどの冷静な僕の声を聞いた。
 
豊かな黒髪は肩の辺りで揺れ
折れそうな細い腰は長い足をやっと支えているように
美しい夏のミューズが微笑んでいた
 
「決まって土曜の午後はここで本を読んでらっしゃるでしょ」
「ええ・・・」
「ずーっと見てたんです。3月頃から」
「・・・・・」
彼女は何かを決意したかのように話した。
 
あの日僕がビョルを迎えに行った日教室の窓から僕を見ていた
そして、ビョルが僕に甘えるようにしがみついた時
確かめたくってビョルに声をかけたことを
今日僕がまた図書館に来るだろうと思って待っていたことを
 
彼女の恥じらいが可愛らしい震える波のように寄せては引いた彼女は続けた
「明日イギリスに発ちます」
「!!!」
 
********
 
ローザンヌでのバレエ界の登竜門のコンクールは毎年世界23カ国約120人の参加者の夢をかけ開かれている。
決選進出者には世界一流のバレエ学校へ1年間授業料免除で留学する特典と留学期間中の生活費援助金が授与される。
このことはビョルから耳が痛くなるほど聞かされていた。
バレエをやっているのもの夢だって。
ヒジェさんは今年度見事に受賞し、この秋からイギリスに渡ることになっていた。
 
********
 
「あなたをずーっと見てたんです、 ずーっと好きでした」
「・・・・」
「これを渡したかったんです」
彼女の手に1冊の本{リルケの詩集}
「・・・いつも読んでましたね・・・」
「・・・・・」
「・・さようなら・・」
何かを言わなくちゃ、カラカラに乾いた口の中に言葉がへばり付いた。
かさかさに乾ききった唇を動かし叫んだ、声は頼りなく自信なさげに飛び出した
「一緒に帰ろう」
緊張した青白い顔が振り向いた、赤みを差した顔が頷いた。
 
********
 
この晩夏
僕たちがそれぞれの決断の元、空港に着いたとき
「ヒジェさん!チャン ヒジェさん!」
「まあ、ビョル!」
「帰ってきたんですか」
「ええ、たった今」
「・・・・・」
「お久しぶりミンソンさん」
僕の夏のミューズが微笑んだ。






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