To the future ―星の揺りかご―9 
守るもの

明日、あと僅かな夏休みを過ごすために帰郷する僕を
おじいさまとおばあさまが夕食に招いてくださった。
「戻ってきたら4年生ね、医学校への進学の準備に入らなければ」
「おばあさま、心配しないで。勉強はきちんとしてますよ」
「ミヒ、ユソンに任せて置いても大丈夫だよ」
それでもまだ心配そうなおばあさまは「そうお・・」といいながら席を外した。
その隙におじいさまが話しかけてきた。
「ユソン、この間の可愛い子はもう帰ったのかい」
「ええ、帰りました。この間一緒に食事をしたことはおばあさまに内緒ですね」
「そう、僕にだってひとつくらいミヒに秘密がなくっちゃ」
おじいさまはおばあさまが戻られたのを機に話を止め、僕にウインクをした。
 
********
 
タイムズスクエアで写真を撮った後、
5番街をウインドーショッピングしていた僕は肩を叩かれ振り向いた。
「おじいさま!」
にこやかな笑顔で僕たちを見ていた。
「今そこを車で通りかかったら、君を見つけたんで降りてきたんだよ」
車道には見覚えのある車とドアの側には秘書の彼が慇懃そうな態度で立っていた。
「ユソン、そちらのお嬢さんは」
「おじいさま、彼女は小林美久さん」
「美久、僕のおじいさま」
「ユソンお願いがあるんだが。今夜ミヒとの食事がキャンセルになったんだ。
 僕と一緒に夕食に行ってくれないか」
 
僕たちはSullivan Stの「Bl・・ Ribbon」の前にいた。
「ここは予約を取らないんだ、それにカジュアルな服装でもいいそうだから
 ミヒとはここには来られないよ、彼女を店の外に並んで待たせるなんて」
おじいさまは愉快そうに笑っていた。50分位並んだのだろうか。
 
おじいさまの知り合いのシェフ達のご用達とあって、
席数も少なくカジュアルな店なのに、ロブスター、蟹、牡蠣など充実し、
素材の良さも相まって驚くようなおいしさだった。
特にアベタイザーの「ビーフ・タルタル」
それに付け合わせの自家製ポテトチップは抜群
美久はおじいさまが選んでくださった
スケート(エイヒレ)のソテーに感激していた。
美久が席を離れたとき、
「ユソン可愛い子だな、ところで美久は小林さんだったね、
 お父さんは韓国の支店にいたと言ってたな」
「ええ、そうです。日本の商社にお勤めです」
「では、あの方のお嬢さんか」
 
レストランを出るとまだ時間も早いからと、
Lafavette.Stの「Prav・・」Barに誘ってくださった。
そこで僕たちは思いがけない話を聞くことになった。
 
********
 
「カンさん!いや、イ理事、大変なことになってしまって」
美久のお父さん小林さんがマルシアンに飛び込んできた。
手には雑誌が握られている。
「理事、席を外しましょうか」
「いや、キム次長同席いただいた方がいいみたいですね」
 
美久と美久のお母さんが日本に戻ってからまもなくのことだった。
 
小林さんが手に持っていたのは「会社報」と言われる雑誌だった。
これは社内はもちろん、関係する各社にも送られていた。
その中には、各国の支社からの近況なども載っていて、
小林さんは{不可能の家}の写真を感激の言葉と一緒に書いていた。
これを載せるにあたっては、もちろんミニョンの許可は得ていたものだった。
 
雑誌に目を通したキム次長が内容をミニョンに説明をした。
前に掲載すると言ったものと寸分の違いもなかった。
「こちら側は何の問題もありませんよ。紹介いただいて恥ずかしい限りです」
 
しかしその後小林さんの説明で事態は一変した。
この写真を見たリゾート開発部門がその美しい景観が
今探していた土地にぴったりだと視察に入ったのだ。
その視察も支店には知らされず、
リゾート開発部門が他社に漏れないように内密にされていた。
ある程度の調査が済み、買収活動に入る今になって
支店も手伝うようにと指示が出されたとのことだった。
島全体を買収し、あの家をメインにしたリゾート開発を進める計画だった。
 
「キム次長!!」
「はい、すぐセウングループに連絡を入れます、後は任せてください理事!」
そういうと次長は飛び出していって、2週間ほど戻ってこなかった。
 
「小林さん、ありがとうございます。
 でも、これが知れたらあなたが大変な立場になるのでしょう」
「いえ、物を売る、売りさばくのが私たちの仕事ですが、
 物事にはしてはいけない事ってあるのです、
 たとえ私がどうなろうとあの家、あの島は守ってみせます」
 
次長が戻ってきたあくる日、憔悴しきった小林さんが挨拶に訪れた。
「東京本社に戻ることになりました。お世話になってありがとうございました」
「会社にいることが出来たのですね」
「ええ、部署は変わりますが、私は辞めませんから」と自嘲気味に笑った。
「小林さん、あの島を守れたのはあなたのお陰だと分かっています、
 感謝してもしきれないだけの恩をいただきました」
「いえ、カンさん、私は私の夢を守っただけですよ」
後の言葉もなくふたりの男は抱き合った。
 
********
 
小林さんは最後にこう言ったそうだよ。
「いつか吹く風も変わるでしょう」
 
美久の頬には幾筋もの涙が流れていた。
 
「美久、君は素晴らしいお父上を持ったんだよ」
おじいさまの言葉に頷きながら、
おじいさまの首にしがみついて美久は嗚咽していた。






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