To the future ―星の揺りかご―5 
戻ってきたポラリス

「ミンソン、何を見てるの」
「ん、ユソンお兄さん、写真だよ」
ミンソンがアルバムから目を離さず答えた。
「こっちに置いてたっけ」
「いや、わざわざ持ってきたんだよソウルから」
「アッ、お兄さんは知らないんだったな、
 この春からお母さんが写真を1枚1枚説明してるんだよ」
「お父さんに?」
「そうだよ」
アルバムにはたくさんの写真は貼られていた。
ほとんどが僕たちとお父さん。
お母さんはいつも写す側だったな。
「覚えてるお兄さん、いつだったか僕がアルバムの整理をしているお母さんに
 あんまり見ないのにどうしてそんなに書き込んで頑張ってるのって聞いたのを」
「うん、覚えてるさ。いつかお父さんに説明が出来るようにって」
 
機会ある事にお母さんは写真を撮っていた。
でも、アルバムに貼られた後、僕たちはあまり見ることはなかった。
別にお父さんに遠慮していた訳ではないが、
テレビと同じで見ない事が普通だったんだ。
そんな中でお母さんは写真を撮り、アルバムを作っていた。
いつの日かを信じて・・・。
 
「ユソンお兄さん、これお兄さんでしょ」
そこには海岸で遊ぶ僕がいた。
「これ、プロが撮ったみたいだ、素敵だな」
「ん・・初めて見るな・・僕だよね・・」
 
ー ユソン 3歳 5月 母の日に ー
 
写真は全部で20枚近くあった。すべて僕が波打ち際で遊んでいた。
そして、10枚が連続して撮ったように見えた。
 
「手紙が張ってあるよ」
「ミンソン、お母さんのだろ。駄目だよ」
「だって、ほらお兄さん。読めるように張り付けてるよ」
「・・・・」
 
********
 
「先日海岸で、お子さんの写真を撮らせていただいたので後で送ります、
 と言って怪訝そうな顔をされた者です。
 あの日5月の青い空と青い海を撮影しようと海岸におりました。
 お昼近くになった頃、あなた達家族が砂浜にシートを広げて座っているのに
 気づきました。結婚をしていない僕には羨ましいかぎりでした。
 なぜなら、絵に描いたような幸せなご家族に見えたからです。
 しばらくすると、お父さんの目が見えていないことがわかりました。
 僕は何故か目を逸らしていました。
 
 しばらく撮影を続けて疲れて遠くを見ると、
 波打ち際で一生懸命貝殻を拾っている子どもがいました。
 貝殻を拾っては小さい足で走って、あなた達に見せ、また拾いに走って・・・。
 あなた達の楽しそうな笑い声が風に乗って僕の耳に届きました。
 その笑い声は「こんなに幸せなのよ」と聞こえて。
 何故そう思ったかはわかりません、
 あの光景がいつの間にかそう思わせているのかもしれません。
 いつとは為しに僕は貝殻を拾うお子さんを撮影していました。
 その時はどうしてそうしたかわかりませんでした。
 でも今はお父さんがもし見えるようになったとき、
 こんなかわいい表情の子どもであったことをわかって欲しいと思っています。
 
 その時、お子さんが砂の中からキラッと光るものを引っ張り出しました。
 不思議そうな顔で拾ったものを自分の顔の前に翳しました。
 僕も何だろうと思いました。
 レンズを透して見るとネックレスのようでした。
 ヘッドのところが星を象っているような。
 お子さんはニコッと笑うとあなた達の元に走ってのです。
 「・・・ママ、ママ、きれいでしょ。ママにあげる・・・」
 風に乗って声が聞こえました。僕も思わずニッコリしました。
 ですが、何の声も聞こえません。お母さんは下を向いているのです。
 「・・ママ・・どうしたの泣いてるの・・」
 「・・ユジン・・どうしたの・・」
 お母さんがお子さんから渡されたネックレスをお父さんの手に置きました。
 「・・ユジン・・これは・・これは・・」
 そういったきりお父さんの声も聞こえなくなりました。
 僕は不安になり、思わず望遠レンズでお二人のお顔を覗き込んでしまいました。
 お二人とも大粒の涙が後から後から零れていました。
 僕はあわてて目を海に転じました。
 
 海は何事もなかったように繰り返し繰り返し波を寄せていました。
 「生命の源の海・・・・その生命を保つものは愛」
 僕はこの言葉を口ずさんでいました。
 
 あのネックレスがあなた達にとってどういうものかは僕にはわかりません。
 ただわかるのは、お子さんにとって初めての「母の日のプレゼント」だったという事です。
 私の国、日本ではあの日は「母の日」と言います。
 子ども達が感謝を込めてお花やプレゼントをお母さんに贈る日なのです。
 あの夜、僕も母に電話をしました、感謝を込めて。
 長くなって申し訳ありません。
 このお送りした写真の中からお子さんがネックレスを目の前で翳しているものを
 コンテストに使わせていただきます。
 タイトルは「母の日・・初めての贈り物」
 あの涙が幸せの涙だった事を願っています。              H.Y」
 
********
 
「外はすごく暑いわよ、もう汗だく。ミンソン、ユソンどうしたの」
「エッ何でもないよ、こんなに暑いのに何してたの」
「ソウルに持っていって庭につけるバラの花を選んでたのよ
 おじさんがきれいに咲かせてくれたのから、
 後で、送ってもらうのよ」
 
暑さが少し和らぎ、夕方の風がテラスから抜けるとき
アルバムを捲りながら寄り添うふたり
僕はピアノを弾き始めた
ドヴォルザークのユーモレスクを
3歳の僕に戻って
ふたりが振り返った、母の胸には
ひとつも朽ちていない
ネックレス
ふたりの愛が輝いていた。






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