To the future ―星の揺りかご―3
あの日

  
「ユソンさま、だめですよ」
「上手だよ、インゲンのすじ取りは」
「だめです」
「こんなにたくさん大変だよ」
賄いのおばさんの聖域に侵入するといつも大きな声で叱られる。
でもニコニコ笑いながら。
それをいいことに僕はよく台所のいすに腰掛けおばさんからいろんな話を聞く。
 
********
 
はじめここに家を建てると聞いたとき、そりゃもう反対だったんですよ。
こんなに景色のいい森の中に家を建てるなんて。
確かに元の持ち主がセウングループに売ったとはいえ、
島の人間ならみんな自分のもののように大切にしてきた森ですからね。
でもあのマルシアンの次長さんがみんなを説得して歩いて
やっと納得したんでした。
 
ですが家が出来ても誰も引っ越してこないんです。
不思議なこともあるもんだと、うちの人と話していたら、
マルシアンからこの家の管理をしてくれないかと頼まれたんです。
うちの人が家の周りを整備して、わたしはいつ誰が来てもいいように
家に風を入れたり、家具を磨いたり。
でも誰も来ない。
雑誌の取材があってもマルシアンの次長さんが対応するだけで
ここの持ち物は顔を見せない。
本当に不思議でしたよ。
 
ある日マルシアンの次長さんから
「明日、その家の持ち主が行くので船着き場まで迎えて欲しい」
と連絡があったんです。
わたしもうちの人もそりゃよかった、よかったと。
どんな人がおいでになるかと待ってたんです。
初めて見たときそりゃもう驚きましたよ。
「目がご不自由だから」いいえ、違います。
前の晩、雑誌を読んでいてそこに出てたお人が
立っているじゃありませんか。
その雑誌はくだらない週刊誌の類なんですがね、
「イ・ミニョンの復活」やら
「今後セウングループは彼をどう扱うのか」とか
「盲目の建築士」はたまた「イ会長の意向は・・後継者か」・・・・。
 
ミニョンさまは家の隅々まで、いいえ外壁に至るまで丁寧に見てまわられて、
まるで見えてるようなもんでした。
この台所にもいらっしゃって、使いやすいですか、と
お聞きになるもんですから、わたしもつい
「お台所仕事をなさったことがあるんですか、
 申し分ないほど使い勝手がよくって
 まるでいつもお料理のなさる方が拵えたようです」
と申し上げてしまったんです。
すると、体を覆っていた鎧が解けてしまったように
わたしには今まで見たこともない素晴らしい笑顔をなさったんです。
そして今、ユソンさまが手を掛けていらっしゃるちょうどそこを、
手のひらで愛おしそうにしばらくなでてましたよ。
 
その夜はおひとりでお泊まりになられるのでご心配をしたら、
この家の中だったらすべてわかっているからと。
 
次の日もミニョンさまは、まるで家を手のひらに写し取っているかのように
なぞっておいででした。
その午後、今後も管理をお願いしますと頭を下げられ、
コーヒーをお飲みになるとうちの人の車に乗って帰られたんです。
わたしはお帰りなるのを見届けると、どっと疲れが出て、
後から鍵を掛けることにして、一度自分の家に戻ったんですよ。
家で休んでいると、うちの人が怪訝そうな顔で戻ってきて、
忘れ物を取るに戻ったら、いつまで経っても出てこない。
船に乗り遅れますよと声を掛けようとしたら・・・。
 
どうしたらよいものかと考えあぐねていたら、
マルシアンの次長さんから電話が来て事の真相を知ったんです。
で、わたしもうちの人もその日は家に訪ねないことにして
次の日、朝食の支度にいったんでした。
 
********
 
後は、前にユソンさまにお話ししたとおりですよ。
 
あら、もうお昼になりますよ。大変。
ところでユソンさまお幾つになりましたっけ。
もう25歳ですか・・お好きな方いないのですか。
ん?そのお顔・・おばさんには隠せませんよ。
 
********
 
ユジンさま、お昼の準備できましたよ。
ミニョンさま、お嫌いなお野菜寄せてはいけません。
僕たちは賄いのおばさんにタジタジになってるお父さんを見て、
クスクスクス・・
とうとう我慢が出来なくなって大きな声で笑い出した。
つられておばさんも大きな声で笑う。
暑い夏の日、賄いのおばさんの広げたエプロンに乗ってる僕たち
穏やかな海に漂ってるように。






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