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To the future ―星の揺りかご―2
決めた道
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「明日いらっしゃるのですか、ずいぶん急ですね。何かあったのですか」
「・・・・・」
「ええ、わかりました。気をつけていらして下さいね」
「お母さま、明日いらっしゃるの?」
「日本から来て、すぐまたポーランドに向かうって」
********
僕が中学2年の春のことだった。
いつも世界中を飛び回っているおばあさまが、突然立ち寄ることになった。
「ユソン、明日は学校が終わったらすぐに帰ってきなさい。
おばあさまがおまえにお話があるんだそうだよ」
「僕に?」
「何でも大事なことだからって」
「ユソン!まあちょっと会わないうちに大きくなって」
おばあさまが少し小さくなった気がした。僕が大きくなったからかな。
いつものようにおばあさまはお土産を持ってきてくださった。
ビョルにはシリーズで買い揃えているドールハウスの新作を。
おい、ビョルそんなに拡げたらお片づけ大変だよ。
ミンソンにはジグソーパズルを。
おばあさま、とても難しいわよっておっしゃるけど
ミンソンはすぐに完成させるだろうな。
チュンソンには画集を。「かまちの世界」
ん〜かまちって誰?
そして僕には書類と楽譜を。
[IN ASIA ショパンピアノコンクール]
本コンクールは国際レベルの優れた演奏家の発掘・育成を目的とし、
優美で華麗な曲想を持つショパンの音楽が・・・・・・・・・・・・
「おばあさま これは・・」
「ユソン、秋にこの第1回目のコンクールが開かれるのよ、
あなた、これに出場なさい。」
「母さん、ちょっと待って下さい」
「あらどうして、もう中学2年でしょ。
国際的なコンクールに参加させて名前を広げなければ遅いわよ。
それにショパンはユソンが得意としているところじゃない。
こんなチャンス二度とないわよ」
「ユソン、9月までに曲をほぼ完成させておいてね」
おばあさまは次の朝は飛び去った。
********
チャイムを鳴らしても玄関の鍵が解除されない。
おかしいな・・お母さん今週は会社に出ないって言ってたよな。
そう考えながら、家に入った。
リビングはいつものように整然としていたが、
何処かあわただしく出掛けたように思えた。
僕はおばあさまから渡させた楽譜を開き弾き始めた。
いつの間にか集中していたのだろう、肩を叩かれ驚いて振り返った。
「ユソン、ただいま。ごめんなさいなんにも言わないで出掛けていて」
「アッ、お母さん帰ってきたの。気づかなかった・・・・・
お父さん・・どうしたのその頭・・・」
お父さんの頭は白いネットが被さっていた。
「大げさなんだよ、ほんの少し現場で頭をぶつけて
次長があわててユジンに連絡するもんだから、大騒ぎになったんだよ」
「ほんの少しって言っても、4針も縫ったのよ」
「お父さん・・・・」
「ユソンそんな顔をしないで、わかるぞ、泣きそうな顔が。
ところでビョルたちはどこ」
「次長さんから連絡があった時、ちょうどチンスクが来てたのよ
だから、チンスクが子どもたちを連れて行ってくれてるわ」
「心配してるだろう、早く連絡してやって」
「ええ、すぐ電話するは、だからあなたは少し休んで」
「ユソン練習を続けていいぞ、お父さんには気持のいいBGMだ」
楽譜を見つめ、鍵盤に指を置いたとき
美久の声が聞こえた。
「ねえ、ユソンの夢は何」
「わたしにだけこっそり教えて」
「ユソンなら叶うわよ」
「わたし応援するから」
「そうなったら素敵よね、ユソンなら出来るわ」
「ユソン・・・がんばってね」
僕は楽譜を閉じ、ピアノの蓋を降ろした。
********
[雨だれの前奏曲]
「これ誰の楽譜なの?」
「パパのよ」
「へーすごいね、お父さんこんな難しい曲を弾いてるんだ」
「ユソンのショパンを聞きたいな」
「僕はだめだよ、お父さんこそ聞かせてよ」
「じゃ、一緒に弾こうか」
「あんまり練習してないよ、僕の腕は中学2年で止まってるんだよ」
「お父さんはまだそこまでもいっていないさ」
夏の夜空で天の川がゆったりと動き
星々が短い夜を競うかのように輝きを増した
流れゆくピアノの音色に
抱かれているような心持ちで
あなた達の子どもであることに幸せを感じていた。
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