To the future ―未来へ― 輝く扉

「さよなら・・・っていてないのに・・・」
 
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「ユソン、今度の日曜日なんか予定あるの?」
「ん〜多分ないと思うけど。なんで?美久」
「中学校の文化祭があるでしょ、来年入学するんだから見ておいたらと思って」
 
秋も深まったある日曜日
僕たちはソナタ中学の門をくぐった。
ドンファンとジュノも誘おうと思ったけど、
美久が「ふたりで行きましょ」って。
これってデートかな。
 
中学生ってすごいんだな、クラス展示はどれも素晴らしいし、
数々のイベント、着ぐるみのパンダにオオカミ、
お揃いのクラスTシャツ
中庭での喫茶部、ふわふわの綿飴、
甘いクレープ綺麗な紙に包んでる、
ちぢみも食べやすいようにクルクル巻いてある。
美久は何を見ても笑って、その笑い声に合わせて
美久のふんわりと背中まで伸びた髪が弾む。
あれ!「いい匂い」ん?「いちごの匂い」かな?
そう!「石鹸の匂い」がする。
 
「ステージ発表が体育館で行われます」の放送に、
バトントワリングを見たかったのと美久が言い、体育館へ向かった。
体育館のドアを開けたとき、もの凄い音量と暗闇に驚いて、美久が僕の腕に掴まった。
僕は顔が赤くなるのを感じ、突然心臓がドックンドックンと。
美久に聞こえちゃただろうか。
美久の手をとり椅子のある方へ歩き出した。
その時、突然ステージが明るくなった。
そこには大勢の人がいるのがわかり、そっと手を離した。
 
中学校から出るとき、細かい雨が降っていた。
そう言えば今朝パパが「ユソン、雨のにおいがする。傘を持ったかい」って。
でもその時、僕は「今持つよ」上の空で答えたんだっけ。
「このくらいの雨ならへっちゃらよね、ユソン」
僕と美久は雨を避けながら、屋根のあるところに向かって走っていた。
大きな木の下まで来たとき、雨は大粒になり音を立てて落ちてきた。
秋の日は短いとはいえ、まだ3時過ぎなのに雨雲とともに辺りは薄暗くなり始めた。
雨に濡れ身体をカタカタいわせている美久に、僕はセーターの上に羽織っていたシャツを掛けた。
こんな時に限って誰も通りかからない。
雨は激しさを増し、横殴りの風も伴った。
どのくらいそうしていただろう、
 
「君たち大丈夫?」
ソナタ中学の制服を着た人を乗せた車が止まった。
 
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「今朝も熱があるわ、学校は無理ね」ママが言った。
日曜の夜から僕は熱を出し、月曜日も火曜日も学校を休んだ。
水曜の朝早く、僕は飛び起きた。
美久のことも気になるし、早めに出掛けた。
「おいユソン、日曜日さ、美久と一緒に文化祭に行っただろう」
ドンファンとジュノが話しかけてきた。
「僕たち体育館にいたんだぜ、気がつかなかったのか」
「・・・・おはよう・・美久は?」
「エッ!」ドンファンとジュノが顔を見合わせた。
「知らないのか?月曜日の午後に日本に帰るって」
「!・・・・」
「なあジュノ。月曜日の朝にそう言って挨拶してたよな」
「おいユソン本当に知らないのか!」
 
「さよなら・・・っていてないのに・・・」
 
********
 
日本の美久から手紙が届いた。
「ユソンくんへ
 怒ってますか?ごめんなさい。
 前から日本に帰ることは決まっていたんです。
 でももう少しいたいってお願いしてたんだけど、
 おばあさまの具合が余り良くないので急いで帰ることになりました。
 あの日ユソンくんには話そうと思っていたんだけど、話せませんでした。
 月曜日、学校でユソンくんと会えなかったので、
 ママと家まで行ったんだけど、熱があって起きられないって
 ごめんなさい美久のせいですね。
 もうよくなりましたか?
 
 ユソンくんにさよならを言わないで来てしまいました。
 でも、今はそれでよかったと思っています。
 美久はユソンくんにさよならは言いたくありませんでした。
 だって、さよならするともう会えなくなってしまうような気がするからです
 ユソンくん、この空はソウルまでつながっているんですよね。
 ほんの少し遠くまで来てしまいましたが、同じ星の上にいるんですね。
 いつかまた会えることを楽しみにしたいと思っています。
 ユソンくんが前に話してくれた、ユソンくんの夢が叶いますように
 この同じ空の下で祈っています。
 ユソンくん美久のことを忘れないでね、美久も忘れません。
 また、会える日まで。      美久より」
 
********
 
美久と隠れたあのバラは、葉っぱを落としてひょろひょろした枝だけになっている。
とても僕たちを隠せない。
あの甘い匂いの花々は、春のために厳しい冬の準備をしている。
 
僕は庭に立ち、美久の手紙を思い返していた。
庭から見える僕の家族
大きな硝子の枠の中にいつもと変わらぬ風景を写し出している。
ソファに座ったママの横でクロッキーをしているチュンソン
パパとピアノ連弾をしているミンソン
そのピアノに合わせてバレリーナのように踊っているビョル
まるで見慣れた1枚の絵のようだ。
さあ・・・・あの絵の中に僕も戻らなければ。
 
美久を思い、空を見上げた。
そのとき、
顔に冷たいものがふれた。
「ゆき・・・初雪・・・
 パパ、ママ雪だよ、雪が降ってきたよ・・・・・」
 
********
 
「あなた・・チュンサン・・・風邪をひくわよ」
ユジンは自分の掛けてた大きな肩掛けをチュンサンの肩にまわした。
「おいで・・ユジン・・・」
「何を見てたの・・・・」
同じ肩掛けにくるまり、月のない星空を見てユジンは聞いた。
「・・ユジン・・気がついていた」
「・・・・ユソンのことでしょ」
「・・・・・」
「ええ・・今日学校から帰ってくると、お母さんただいまって言って、私の肩を抱いたのよ。 いつもなら、ママただいま〜あのね、あのね、今日ねって、話し始めるのに・・・・」
「・・そうだよね・・・僕にもお父さんって呼びかけたよ」
「・・ええ、聞いてたわ」
「お父さんとお母さんか・・・・・」
「エッなに、あなた淋しいの?」
「・・ユジンこそ・・・・・」
「・・・ほんと・・なんか淋しいわね・・・」
チュンサンの肩に寄りかかるとしっかりユジンを抱きしめてくれた。
「ねえユジン、ポラリスが見えるかい」
「ええ、今日は月もないからとってもよく見えるわ」
「僕たちはお互いが僕たちだけのポラリスではなくなったんだね。あの子たちのポラリスになっていたんだよ。心のどこかで、前から少しずつ気づいてはいたけど、こうやって突き付けられるまで知らんぷりしてたなんて・・・」
「チュンサン、知らんぷりじゃないわ、 私たちが認めようとしていなかっただけよ。
 子どもたちには私たちがいつもポラリスだったのよ」
 
「・・・・ユジン、ありがとう」
「チュンサン寒くない、また雪がおちてきそうよ」
 
「ユジン・・・、ユソンの未来はユソンの手の中にあるんだよね
 彼が生まれたとき、ギュッと握ってたあの両手いっぱいの
 幸せと一緒にどんな未来を持ってきたんだろうね。
 これから先、ユソンが大きな海に漕ぎ出したとき、
 僕はどんな気持ちで彼を見つめるんだろう。
 大きな波がこないことだけを願う親なんだろうか・・・」
 
「・・チュンサン、ユソンは私たちの子どもよ」
「・・・・」
「・・・・」
 
初冬の透きとおった冷気中に
チュンサンとユジンは見ていた。
ユソンが輝く透明な扉を押し開ける姿を
そして彼自身が重い扉の向こうにある
未来というものへ踏み出そうとしているのを
親でさえ助けることのできない
あの果てしない未来という世界へ
 
夜をふたりをつつんだ。





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