To the future ―未来へ―9 虹色

2度目のカーテンコールの後、

おばあさまがアンコールに応えるために登場したとき、
その横に男の人を伴っていた。
その人はピアノから少し離れたところに椅子を置いて
観客に静かに話しかけた。
「カン ミヒさんのたっての希望で、朗読を加えさせていただきます」
その声を聞いたパパが
「DJのユ・ヨルさんだ」とささやいた。
 
おばあさまは世界でのピアノ演奏が認められ、日本の世界文化賞を始めとして、アメリカ・ドイツとこの春から立て続けに各国の文化賞を受章していた。
そしてこの秋、韓国から「文化芸術交流貢献賞」を与えられた。
今回、受賞を記念しての「リサイタル」が行われていた。
ドイツロマン派を得意とするおばあさまは、ショパンを中心にシューベルト・リストの曲を精力的に演奏をした。
 
僕が一番好きな曲は「ショパンのバラード第4番ヘ短調Op.52」
おばあさまはこの曲目も入れてくださった。
僕はこの曲のクライマックスの両手の凄まじいアルペジオと狂ったような凄まじい和音の連打そして一瞬の静寂が好きでよく聞いていた。
ピアノを弾く人が持ってる、あらゆるものがわかってしまう曲と思いながら。
いつか僕もこの曲を弾きこなすことが出来たらと最高だなと考えていた。
 
********
 
「リサイタル」は華々しく終わろうとしていた。
でもそこには物足りなさが漂っていた。
そのステージにカン ミヒとして初めての試みが用意されていた。
 
ユ・ヨルさんが語り始めた。
「リストの歌曲から、
 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ作
 ユ・ヨル意訳
 ミニョンの歌」
 
おばあさまのピアノが歌い始めた
ユ・ヨルさんがリートのように語り始めた
 
「わたしを黙らせてください
この秘密を持ち続けるのがわたしの運命なのです
心のうちをすべて打ち明けることができたなら
しかし神はそれをさせてくれません
 
いつの日か影の国から飛び出したとき
秘密も白日のものとなるでしょう
頑丈さを誇る岩さえ
清らかな水の流れには逆らわず湧き出させる
 
あなたの胸で安らげることを望んでいます
そこがわたしのすべてを語ることができるのだから
今 神との誓いがわたしの心を閉ざしています
運命こそがこれを明らかにするでしょう」
 
パパの目から涙がこぼれた。
 
「もう少しだけ もうしばらく
このまま この姿でいさせてください
わたしはそよ風吹く大地から
影の世界へと行くのですから
 
長旅で疲れた体を
暖炉の火がかじかむ指先を温めてくれる
その時まで もう少し
 
そよ風吹く大地では だれもが
心やさしく素直な気持ちでいることができる
 
わたしは今まで苦労もなく生きてきました
でも 大きな痛みを味わい尽くしました
 
いとしい人よ 
もう少しだけここにいさせて下さい」
 
ユ・ヨルさんの声が静寂と穏やかさを運んだ。
 
「シューベルトの歌曲「冬の旅」から、
 ウィルヘルム・ミュラー作
 ユ・ヨル意訳
 菩提樹」
 
「泉のほとりに1本の菩提樹が立っている
僕はその木の下で多くの夢をみていた
 
僕はいくつもの季節を愛で刻んでいった
嬉しいときも悲しいときも
その木とともに
 
ある日僕は旅立たなければならなかった
寒はの日に
その木の下で僕は目を閉じた
 
すると木々のざわめきが
あなたは行かなければならない
あなたの安らぎはあそこ
と、語りだした
 
僕はさすらいの旅に出た
冷たい風が帽子を吹き飛ばしても
僕は振り返ることさえせず
 
果てしない永い時間をかけ
安らぎはどこ
遠ざかる 菩提樹」
 
流麗に流れゆくピアノ、声のもたらす快感
会場内が陶酔しているのを感じた。
パパは・・・・
椅子に深く腰掛け、右手でママの手を握り左手で目頭を押さえていた。
 
余韻に浸っていた観客が拍手をしながら立ち上がった。
惜しみない拍手がいつまでも。
 
********
 
 
実はその後、花束の贈呈があったんだ。
ステージに花束を持ったミンソンとビョルが現れたとき
会場内がざわめいた。
パパは「ユソン、ミンソンとビョルなんか変なことをしたの」と、
僕も「エッ・・・ふつうだよ・・・」
少しすると後ろの席からひそひそ声が聞こえた。
「ねえ、かわいい子たちね」
「ミヒさんのお孫さん?」
「ああいうのを天使みたいっていうんだよ」
「・・・・・」
僕とチュンソンとパパは思わず顔を見合わせ、自分たちがほめられたように俯いてしまった。
でも僕が「やっぱりな」と思ってニャッとして、チュンソンをみたらチュンソンも僕をみて頷いていた。
 
大きな拍手とともに4人はステージから去った。
ステージに残された光輝くピアノと椅子
目映いライトで虹色につつまれた「リサイタル」は終わった。
後記

今回創作するにあたって、カン・ミヒに弾かせる曲目、訳詩でかなり悩みました。
あの有名なゲーテやミュラーの詩は、完璧にまで完成され出版されています。
が、ここで使用するには著作権の問題が発生されることが予想されました。
全く違う創作にしようかとも考えましたが、どうしても「ミニョンの歌」は書きたいと
思っていましたので、私が手にはいるだけの資料を読み、
「冬のソナタ」なりの解釈に基づき意訳をしました。
本来のものがお分かりの方には陳腐なものでしょう。
ですが、お許しいただきたいと思います。
参考文献:三上かーりん作 ドイツ音楽
     河合隼雄「夢と昔話の真相心理」
    「仙台宗教音楽合唱団」作成 訳詩から
     簡単音楽史(西洋編)から
 
あえてここに原文と言われているものを提示します。


Mignon I D 877-2 ミニョンの歌
Johann Wolfgang von Goethe
Heis mich nicht reden, heis mich schweigen,
Denn mein Geheimnis ist mir Pflicht,
Ich mochte dir mein ganzes Innre zeigen,
Allein das Schicksal will es nicht.

Zur rechten Zeit vertreibt der Sonne Lauf
Die finstre Nacht, und sie mus sich erhellen,
Der harte Fels schliest seinen Busen auf,
Misgonnt der Erde nicht die tiefverborgnen Quellen.

Ein jeder sucht im Arm des Freundes Ruh,
Dort kann die Brust in Klagen sich ergiesen,
Allein ein Schwur druckt mir die Lippen zu,
Und nur ein Gott vermag sie aufzuschliesen.

Mignons Gesang II D 877-3 ミニョンの歌U
Johann Wolfgang von Goethe

So last mich scheinen, bis ich werde,
Zieht mir das weise Kleid nicht aus!
Ich eile von des schonen Erde
Hinab in jenes dunkle Haus.

Dort ruh' ich eine kleine Stille,
Dann offnet sich der frische Blick;
Ich lase dann die reine Hulle,
Den Gurtel und den Kranz zuruck

Und jene himmlischen Gestalten
Sie fragen nicht nach Mann und Weib,
Und keine Kleider, keine Falten
Umgeben den verklaretn Leib.

Zwar lebt' ich ohne Sorg' und Muhe,
Doch fuhlt' ich tiefen Schmerz genung.
Vor Kummer altert' ich zu fruhe;
Macht mich auf ewig wieder jung!





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