To the future ―未来へ―8 夜の帳

「そっちには・・・・」

「いないよ、どうしよう」
「お兄さん、どこにもいないよ」
探し始めて40分も過ぎただろうか、いやもう1時間になったかもしれない。
「どうして一人にしたんだ!」
「だってここで待ってるっていうから・・・」
「さっきまでは、お花摘みしてたのが見えてたんだ・・」
「水のそばは怖いっていうから・・・・」
「お兄さん、どうしよう」
「チュンソンとミンソンはビョルが戻ってくるかもしれないからここで待ってて。
 僕は、パパとママに報せなきゃ。」
「いいか、チュンソン絶対一人で探して歩いちゃダメだ!ここで見てるんだ、ビョルがこないか。」
 
秋の3連休、僕たちは「パパの別荘」に来ていた。
ここはソウルからも近いので、短い休みの時にはよく来るんだ。
ここにいる時は広い公園や釣りのできる川を自転車で駆け回る。
今日も僕の自転車にビョルを乗せて、チュンソン、ミンソンと3台で川まで来てたんだ。
この川はパパが7歳の時に溺れたから、水のそばには行かないようにって前から何度も言われていた。
僕は後悔というペダルを踏み続けた。
 
「パパ、ママ ビョルがビョルが・・・・」
「・・・ビョルがいないんだ、どこにもいないんだ・・」
 
********
 
「あなた、だあれ。わたしビョル」
「・・・・」
「・・このお人形?ミミちゃんっていうの。お誕生日にアメリカのおばあさまが送ってくれたのよ、かわいいでしょ。」
「・・ジュインだって、もっとかわいいの持ってるもん」
「ほんと。ねえ見せて。一緒に遊びましょうよ」
 
「ジュイン、ビョルね、お花をいっぱい摘んでパパに見せたいの」
「ここよりもっといっぱい咲いてるところ知ってるよ」
 
「すごい、すごいわジュイン。こんなにいっぱいのレンゲとしろつめくさ」
「だからあるっていったでしょ、ビョル」
「パパとママとお兄さんたちにも花の王冠を作れるわ」
 
「ビョル、いったいいくつ作るの。」
「5個よ」
「そんなに・・・・野原のお花がなくなちゃうよ」
「フフフフ・・・・」「フフフフフ・・・・」
 
「できた・・見てジュイン、5個全部できたわよ・・・ジュイン・・」
 
気がつくとそこはお日様が沈みかけ、
夜の入り口のむらさき色に空が変わりかけていた。
 
「ジュインどこ?・・・ミミちゃんどこ?・・・・」
見渡す限りの野原で、夜が大きく口を開けたむらさき色に包まれ、
ビョルは世界の真ん中に独りぼっちで立っているかのように思えた。
 
********
 
「だめどこにもいないわ。あなた警察に連絡しましょ。お日様が沈みかけているわ」
「そうしよう ユジン・・・警察に電話して僕が話すから・・」
 
「ねえママ・・あれ!」
「チュンソン、待って今電話をしてるんだから」
「違うよママ・・」
「チュンソン!!」
「ビョルのミミちゃんを持って歩いてるよ、あの子」
 
********
 
野原の真ん中で
頭に1個、首に2個、両手に1個ずつ花の王冠を握りしめ
ギュッと唇を噛み、大きな目に涙をためて
立ち尽くすビョルを見つけたのは、
夜が世界を包み込んだ頃だった。
「・・・ビョル・・・ビョル・・・」
「ビョル大丈夫・・・ごめんねビョル・・・」
駆け寄った僕たちに大きく頷き、目にためた涙を花の王冠を握った手で拭った。
「・・・ビョル・・」
パパが抱きしめた。
パパの胸の中で堰を切ったように
ビョルの大きな泣き声がいつまでも続いていた。
 
パパに抱かれて車に乗ったビョル
「ビョル、この花の王冠を手から離しなさい」
「・・・手から離れないの・・手が開かないの・・・」
「・・・!」
「ビョル、怖かったんだね。もう大丈夫だよ」
パパの手がビョルの手をやさしくやさしく撫でていた。
パサと音を立て花の王冠が落ちるのが聞こえた。
ホッとした僕は初めて草のむせかえる匂いをかいだ。
 
********
 
眠れない僕は夜中にパパたちの部屋のドアが開くのを聞いた。
ベットから起きあがりそっと1階へ下りていった。
パパが窓の側に立ち暗闇の外を見ていた。
「・・・・パパ・・」
「ユソン、まだ起きてたのか」
「・・パパごめんなさい、僕が悪かったんだ、あの川に行こうと言ったのは僕なんだ、
 パパの約束通り水のそばにこないビョルを一人にしたのも僕なんだ」
「ユソン・・・・ユソンは悪い子なんかじゃないんだ、パパが君たちを守れないのが悪いんだよ」
「・・パパ・」
「パパはママに・・愛する女性とわが子のために、温かい手となってあげ、力強い足になってあげたい・・と神様にお願いしたんだ。でも、今のパパには君たちを守ってあげる力がないんだよ」
「・・パパ・・」
「ユソンおやすみ、パパを一人にしてくれないか。ビョルならもう大丈夫だよ、ママにだっこされて眠ったから」
「おやすみなさい パパ」
 
今の僕にはパパの気持ちが苦しいほど分かるけれど、
何の力にもなれないこともわかっている。
ただ僕に今できるのは、
窓から暗闇の外を見つめ続けているパパを一人にしてあげることそれだけだ。





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